偽装婚
彼らの幸せな結婚生活が始まる。夫婦は共通の幼馴染である狼少女が暮らす森に一番近いマンションを選ぶ。偽装婚であった。
二人は二人でいることのメリットと二人が同じ居住空間にいることとを混同することはない、冷えきっていたから。
彼も、彼女も、中学生時代からずっと手が冷たい人たちだという自覚がある人たちだった。
当時から現在に至るまで、二人は同じ一人の狼少女を愛していた。
けれどそれは黒いコートをずっと、年がら年中着ているようなことによく似ている。夫婦はそう感じはするものの、だからといって気持ちが変わるわけもない。
彼らは狼少女を囲い、私物化し、大人になった今でも狼少女を挟み撃ちにしては、彼女のその瞳、その光によってでしか満たされることはない。
狼少女のその飢えに、若い頃の今よりももっと頑なだった彼らは救われた。
今も大差はないが、学生時代、夫婦は同学年の半分からは煙たがられるタイプの優等生だった。ときには家族からすらも。
狼少女の二つの目の前でしか、いつの間にかじぶんを晒せなくなってしまっていた。
だから、この血の匂い、早くも御近所では評判の夫婦、二人どちらも傷の絶えないこの生活こそ彼の幸せ、彼女の唯一の手段だった。
女友達と出かける、という見え透いた嘘をついてどこかに出かける妻の不在時に、彼は高級和牛を餌に狼少女たちを部屋に連れ込む。
妻のほうは夫とは反対だ、狼少女たちを彼女は噛んだ。




