交渉
晴れた月曜日の夕陽が衰えを見せる中、混雑している駅前広場。
人々には行くべき場所があり、足を止めないのは何かを思っていることの彼らの証明、あるいは何も思いたくない見たくないがためどの足も止まらないでいるのだが、流れを淀ませる、立ち止まっている者たちが時おりいるものだ。
次々と溢れだしてくるような歩行者たちは、ちらりと目だけでそんな彼らを横目にしては、事情のあるなしにかかわらず、ただ脇を通り過ぎていく、必要以上に大きな石がどうしてここにあるんだとぼやく声が聴こえそうだ。
一組の男女だった。勤め人ではなさそうな、若くて身軽そうで、二人の履いている靴はここにいる私からは見えない。
女と男は若く、そして彼と彼女とでは、行き先をここで違えるのは明らかだ。彼女が差し出せる全てが彼の気に入らないのは明らかだ。
けれど彼女には何やら目的があるようだ、そうしなくてはならない彼女は、尚もまた何かを彼に差し出している。
首を振ることにも疲れたのか、彼はそんな彼女の、次々と差し出されたものの中から仕方なくいくつか見繕うべく、首を振るのを止める。
それから彼は受け取る。でもまだ足りない。
彼は彼女に何かをいう、すると彼女は黙りこむ、するとまた彼は何かいいながら、指で彼女の身体を指し示すのが見える。
彼に要求された彼女は、うなずく、彼女はさきほどからどんどん失っていた、私の目には、やけにあっさりと思える動きで身につけていたものを取り外すその様子、そして彼がそのものの価値をよく見ようと手に顔を近づけるその様子。
けれども、最後まで見ていれば彼らには交渉の余地があったことが分かる。
若いこの二人には、それはまだ残っていたことが分かり、思わず口から安堵の息がもれる。
最後、彼は肩にかけていた黒い鞄を彼女に渡したのだ。ぱっと彼女の顔は輝く。
彼女は彼に、指輪も渡した、腕時計も渡した、ずいぶん高そうな綺麗な財布も、私が値段をよく知るノイズキャンセリングのイヤフォンまで迷いなく。
そうまでしても、彼女は彼のそのカメラを手に入れたかった、ということなのだろうか。
そこから彼が立ち去った後も、彼女は、長いこと同じ場に立ち続けている。
気づけば、上空は大部分が闇。
相変わらず人々は駅の出入口を入っていったり出てきたり。
足を止めない人々から見れば、それはただの小柄な女の子なのだった。古いカメラを手に持ち、彼女は若く、じぶんのものになったカメラを色んな角度から眺めている。一人になった彼女は輝いてみえる。そこから彼が歩き去っても、彼女の人生から一人の恋人が去っていったあとも、彼女は、その二つの目は、若く輝いていた。




