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驢馬
子ども時代の思い出の場所をいちいち再訪したりする人はいない。それらの場所を全て、今のじぶんの目で確かめるために、数日の休暇を申請してまでわざわざ足を運ぶといったような真似をする人はいない。
そうするまでもないからだ。
じつに多くの人々が、頭の中ではもうそれを随分やっている。
今彼は、一組の家族の、その後ろを尾いていく。
彼は思う存分、電柱に身を隠したりもしつつ、その幸福な家族の絵を眺め続ける。
彼は、父親の着る服の色の好みであったり、母親のリップの好みであったり、妹ののちの変化の予兆であったりと、様々なことをその絵の中に見つけていく。
一枚の絵としては完璧な一枚である。
ただし、と今や青年になった彼もそれを何度めかに思ったし、他の三人の、夕陽が眩しかったあの日の無言の眼差しもそれとまったく同じことを語っている点を、彼はみとめる。
ただし、お前がいなければの話だが。




