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「僕の母親は、痛い時に痛いという人だ、それに痛いのひとことだけではけして済まそうとしない。延々、もう過ぎ去った痛いことを今痛いこととして表現しようとする、受け容れてもらおうとする、そんな類いの女性が僕の母で、彼女はその、痛いのか痛くないのかも傍目からだと分からない痛いことを痛いといい続けているうち、やがて、じぶんのではない痛いことを拾って持ち帰るようになった。母はあまり家を出たがらないタイプではあったけど、ほんとうにあちこちから彼女はなんでだか拾い上げてくる。それらを抱き締めているだけで彼女の夜は過ぎていった。だから、母の朝寝坊なんて僕には昔から当たり前の光景だったんだ。痛い痛いとただ喋るだけの人間、そんな人が、母親にどうしてなれたのか、わざわざなろうと思ったのか。僕は、じぶんの母親でなくてもよかったのにと思っていた、僕はありもしない可能性を思うことや、疑いの目を向けることを一時期、しても仕方ないと分かっていてしていた」



 彼の目が細められた。怯えているのだ。

 大丈夫だ、騒がしいのは外壁を叩く風だ、という意味のことをいうと、組んでいた手を離して彼は椅子の背を軋ませた。



「今でも尚理解できない、どうしてそんな人間がわざわざ僕の母親にならなきゃならなかったのか。痛いことを痛いということ。それは、でも確かに彼女の権利ではある。それに思い至ることさえできてたら、苦しまないで良くなれたんだけどね、当時の僕には無理な芸当だ。彼女の心を、ぽっかりと空いたその穴を前にどうしたらいいのか、もはやじぶんのままではじぶんを声にも出せない女性を前に、どうしたらいいかなんてこと。その時の僕は十七歳で、しかしそうじゃなかったんだと思う、苦しかった僕は十七歳だった、それはあるべき姿ではなかった。彼女たち、もう複数形で喋るけれど、母親になることは確かに可能性の問題といえるんだし、それに彼女たちにとっての権利だし、彼女たちの暗い世界もそうだ。それでも、分からないでいた、結局それは相手の世界なんだから、なんて考えはちっとも浮かべていなかった十七歳、僕はだから、彼女たち全員に対して、本来的に彼女であるべきだとは考えてなかったし考えてほしくもなかったんだ、そんな我儘を口には辛うじて出さないでいた十七歳だった。僕は十七歳だった」












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