あなたは妹に殺された
おそらくそもそもの始まりから、あなたは略奪されなければならなかった。まるで、彼女に奪われる為だけに存在を許されていたかのように。
あなたは妹に殺された。
あなたという人は、愛がどんなものであるのかを知っていた、それがどんなかたちをしているものなのか、それがどんな匂いをしていて、どういうふうに抱き締めてくれるものなのかを。
そっと上げて、そっと置き戻し、それから、朝と夜が交互に、いくつもいくつもあなたの上を過ぎていくが、決してそれは損なわれることはなく、降り注ぐように、つつみこむように。
そんな、時間経過とは関係なしに、生涯を通して在り続けるだろうものたちについて、早くから多くのことを理解していたあなただった。
与えられた玩具を握ったり離したりしていたおとなしいあなたには、気がつくと同じ居住空間に妹がいる、愛すべき娘、太陽の匂いがする女の子が。
その日、その瞬間から、あなたは妹に殺された、そして何度も殺される運命にあったけれど、それまでの日々と同様に、あなたは大丈夫だった、なぜかたった一人の妹に殺されたあなたは、それでもなぜか大丈夫、じっさいのところ何もかも大丈夫で、ただしあなたは妹に殺されなければならなかったけれど、それでもあなたは妹を見れば笑みを浮かべてもいた、すぐにあなたはにっこりと、大きな笑みをつくることを覚える。すべてが大丈夫だった、大丈夫すぎた、そしてあなたは妹に殺された。あなたには分かっていた、他の誰とも事実を共有することは不可能だった、誰の身にも起こり得ないことが起こっていて、それはあなたの体に、あなたの心に破壊的な作用を及ばす。
だから、こうなる。
あなたは眠りに眠った。
妹にとってのあなたは、わるい魔法使いにやられちゃった姫みたいなおねえちゃん。
周りの者たちがあなたについて考えるようなことはあなたは考えない、あなたが何を期待しているのかと周りの者たちが考える時に考えるようなことをあなたは期待しない。期待なんかしていない、何も。あなたは妹に殺されたし、殺されて良かったじぶんというものも、殺されてはいけなかったじぶんというものも、たちまちあなたは見失うことになってしまった。
日々、あなたは妹に殺された。けれど、忘れてはいないこともある、それは最初の日の次かその次の時ぐらいのこと、あなたは妹に殺されたあなたというものを、身体を見下ろしたのだった、あなたがじぶんの身体を見下ろすということをしたことはそれまでに一度もなかった。
初めて見下ろしたじぶんの身体について、あなたが思った感じ、それはいつまでも薄れることがない記憶としてあなたは所有する羽目になっている、その時その場で幼いじぶんが取った行動も、逐一。
妹に殺されたあなたは妹に殺されたあなたを理解しながら見下ろしていた、あなたは服を剥ぎ取ると手で、ぺたぺたとじぶんの肌を触った、あなたの知る愛があなたのおなか、と教えてくれたものを、あなたは触り、あなたには不気味としか思えない、それからあなたの知る愛が教えてくれたあなたのみみあなたのおでこ、それから二つあって自由に動かせる、足、手とあなたは触った、あなたはあなたの舌をおそるおそる触った、首のところもおそるおそる触った。
あなたには初めての感覚だった、この身体が何か間違ったもののように思えたのだ、奇怪なものだとあなたは感じた、非道いことをされているとあなたは感じた。
たった一人の妹。彼女が存在すること自体が、あなたの死を意味する。
何回でもあなたは、律儀に毎日、妹に殺されていた。風邪っぴきでベッドの上から身動きできず、部屋に妹も出入り禁止となった夜ですらあなたは、足音だけの妹に殺された。決定的だった。あなたの人生から妹を追い払うことは不可能だし、忘れることもできないし、それにまた、これをどう考えるべきかあなたがうまい言葉をみつけたこともないというのがあまりに大きい。
そうやって、無事、あなたは妹に殺された。
言葉もなく、あなたは妹に殺されるあなたを見続けるだけ。
プレゼントを包む紙とリボン。あなたがそれに触れなければならないのだ、あなたの気持ちを、あなたの喜ぶ顔だけを想い、それは世界に現れたものだったから。触れなければならないのはあなたの手だ、しかし常に先に触れていたのはその小さな手だった。
あなたの真実。あなたは涙を探しに旅にでなければならなかった。正しい時期があったし、あなたは知っていて目をつぶったのだ。妹に殺された女の子というのはそういうことをやる必要がある筈だ。日々妹に殺されるのに大丈夫だと思おうとすることに、あなたは精一杯だったかもしれないけれど、もう大学も終わり、社会人になったあなたには、十代だった頃に済ませてしまうべきだったことが色々あった。
「何も」
あなたの発するそれが定番の受け答えである。
あなたはあなたの妹のようには綺麗になれないけれど、全てのことに堅実だし、あなたが笑顔になると普段の印象とは違って明るく見えて素敵だと男性たちに思われている。例えあなたの全てが張りぼてだろうと気にする男性は滅多にいなかった。
あなたの素敵な腕時計があなたにあなたの死亡推定時刻を毎日教えている。
今ではあなたが子供時代を過ごした町では、町一番声の大きな娘として知られる妹は、遊び方の激しい娘であるが、姉であるあなたとは割に仲が良かった。
昔からそうだったが、ありふれた言葉があなたと妹のテーブルには並ぶことになる。
あなたの素敵な笑顔もそう。
もしかすると、あなたのこの悲しい選択は、それ以前に、そもそも全てのことが、あなたの妹から、あなたの妹を守ろうとしている、それだけのこととさえいえるかもしれない。
あなたは結婚する。
幸福な食卓に響くのは、しかし彼一人分の笑い声だけだ。
彼のナイフとフォーク、あなたのナイフとフォーク。
あなたの人生は、つまり妹のせいでひどく暗く惨めで、真っ黒に塗り潰された箇所が多すぎたので、あなたは涙を流せないじぶんをもて余している。だから彼にそれは流してもらうほかないのだ、でもこの暮らしはただその目的のためだけと伝えるのは骨が折れそうだとあなたは思っている。
「わたしは妹に殺されたんだから、もういいの」
「何。何の話」
「それだけは覚えててね」
沈黙。笑みを浮かべたまま、あなたは今夜の二人のテーブルを記憶しようとするかのように見ている。それを夫である筈の男も呆然と見ているのがあなたには感じられた。
こんな夜が終わっても、終わらない。
まだまだ、あなたは妹に殺されなければならなかったし、あなたの結婚生活はあなたの妹の声を遠ざけたりもできなかった。あなたは、電話一つで、妹に殺された。
全ての女性が靴を履かなくなりでもしない限りは、全ての女性の手から爪が剥がれ落ちでもしない限りは、あなたは妹の存在を感じ続ける。
度々、あなたはバランスが取れなくなる、真っ直ぐに立っているということが。駅のホームで、職場で、スーパーマーケットのレジ待ちのさなかにも。
するとあなたは椅子のあるところまで慎重に歩み寄っていく、こんな時あなたは床に倒れたりしないようにむしろ、熱いと思う部分、痛みなのかどうかも分からないものから目を反らさずにいる。あなたは体裁かまわず大きな音をたてて息を吐く。吸う。
妹の影がこの場から消え、再び動けるようになるまでは返事もできないあなた。ぎゅっとあなたは目を閉じる、汗の浮かぶ額に左の手のひらを当てながら近くで心配してくれている誰かの声に、適度にうなずいてみせる。
あなたの人生に、妹の声以外には何も響くものがない。
あなたの人生に、妹の手以外には何も触れるものがない。
あなたの内側ではびこる雑草、日めくりカレンダーを妹が乱暴に破り続けているあの音だけがあなたにとっては唯一の音楽だ。
「何も」
あなたは生涯のうち何度こう繰返すだろうか。
「いいえ、はい。何も。わたしは。何も」




