81.早く行こう!
スバルは癒しの剣を鞘に収めて周囲を見渡した。
「さて、どうするかな……」
魂を抜かれてフローラにもたれ掛るギルバート、水槽で気を失っているメーア、状況の変化についていけずに狼狽する囚人たち。
いずれ地下室の騒ぎを聞きつけて王城を警備する人間たちが襲撃してくるだろう。多勢に無勢になる事が予想されるため早々に地下室を離れたいが、メーアのいる水槽を運ぶのは苦労するだろう。今後の作戦を練ろうにも、現在戦闘に役立つ能力があるのはシールドを張れるフローラのみ。
そもそもギルバートの魂はどこに連れて行かれたのか分からない。闇雲に探しても見つかるはずはないだろう。
シュネーもいるとはいえ、すぐに対応できる状況ではない。
しかし、ギルバートの魂が無事であるとは考えられない。いつまでも困惑している場合ではないだろう。
「ギルバート王子の魂を取り返しにいかねぇとな」
「そうだよ! 早くしてよ!」
突然、地下室に少年の声が響いた。スバルの目の前に、白い軍服に身を包んだ金髪碧眼の少年が現れた。
スバルは口元を引きつかせた。
「エイベル王子か。殺気がない事に気付かなかったら切ってたぜ」
「物騒な事を言っている場合じゃないよ! ギル兄が大変なんだ!」
「分かってる。すぐにでも助けに行くと言いたいところだが……」
スバルは視線でメーアと囚人たちを指し示した。
エイベルは腰に手を当てて胸を張った。
「簡単だよ! ドラグーン・シティに送ればいいだけだ。ロベールがなんとかしてくれるよ」
「なんとかってどうするんだ?」
「そんな事より、お父様が倒れているよ! なんで、どうしたの!?」
スバルの疑問など無かったかのように、エイベルはスバルを問い詰めた。
「どうしてそんな重大な事になったの!?」
「……儂がルシフェルに騙されて、スバルたちに攻撃して返り討ちにあったのだ」
しゃべったのはソーラーであった。床に倒れたままだが、命に別状はないようだ。
「ルシフェルは儂が死んだと思っておるが、もうすぐ回復する。全くとんだ災難だ」
「自業自得だろ。あんたのせいで死に掛けたり、死んだ人間はたくさんいるぜ。俺が手加減をしてやったんだ。幸運だと考えろ」
スバルの容赦ない言葉に、ソーラーは薄ら笑いを浮かべた。
「儂と貴様らでは命の重みが違う」
「エイベル王子、耳を塞いで目をつぶってろ」
表情が消えたスバルを見て、エイベルは首をぶんぶんと横に振った。
「やめてよ、こんな時に! ギル兄を助けるのが先決だよ!」
「そりゃそうだが、こいつが刺殺されるのは早いか遅いかの違いだぜ」
「お父様だってやるべき事があるんだ。簡単に殺さないで!」
エイベルはすがるような目つきで、ソーラーを見つめる。
「協力してくれるよね? お父様は物質創成の能力があって、何でも作れるから」
「儂の能力は発動に時間が掛かる。使いたいものを予め作っておく必要がある。時間操作をするルシフェルを相手に儂ができる事などあるわけがない」
ソーラーはゆっくりと立ち上がり、ふんぞった。
エイベルは両目を見開いた。
「お父様、偉そうに言う場面じゃないよ! スバルは剣を引っ込めて!」
「エイベル、貴様はいつから儂に意見を言うほど偉くなったのだ?」
「お願い、大量に殺気を向けられている事に気付いて!」
「……エイベル王子の言う通りよ」
シュネーが声を震わせた。
「ナトュール国はあまりにも理不尽な理由で、あなたの判断で滅ぼされたわ」
場がしんと静まる。
ナトュール国は、第一王女のメーアがギルバートとの婚約を破棄した事を理由に攻め滅ぼされた。
シュネーは目元を拭ってソーラーを見つめる。
「あなたが一国を預かっている事は理解するわ。守るべき国に尽くし、大切な国民のために奮闘して大変でしょう。でも、私たちも同じ気持ちでナトュール国を守っていたわ。守るべきものがあるのは、あなたたちだけじゃないの」
「……ナトュール国に攻撃をしたのは僕だね。責任なら僕が取るよ」
エイベルが苦々しく呟いた。
「メーア王女との婚約破棄は、ギル兄にとって悪い話じゃなかったみたいだし」
「あなたに全責任を負わせるつもりはないわ。死んでしまった人たちの命は戻ってこないから」
シュネーの眼差しを受け止めきれず、エイベルが気まずそうに視線をそらす。
エイベル自身も大切な部下の命を奪われそうになる危機はあった。その時の悔しさや絶望感は忘れられない。
シュネーはもっと深い絶望を味わっただろう。
エイベルの喉はカラカラになった。しかし、沈黙に耐えられない。
「……僕にできる事は無いかな?」
「ほとんどないわ。強いてあげるなら、ナトュール国の復興を邪魔しないで」
「分かったよ。お父様にもよく言っておくよ」
エイベルの言葉に、ソーラーが眉をひそめた。
「この儂に何かさせる気か?」
「囚人たちとメーア王女、そしてシュネー王女を空間転移でドラグーン・シティに送る。ロベールがいるけど、シュネー王女たちに攻撃しないようにお父様から命令してほしいんだ」
「なぜ儂がそんな事を……」
しなければならない?
言いかけて、ソーラーは周囲の殺気が濃くなっている事に気付いた。時間の掛かる物質創成は単体の戦闘に向かない。エイベルが味方にならなければ勝ち目はない。
ソーラーは溜め息を吐いた。
「いいだろう。特別だ」
「お父様、ありがとう!」
エイベルは両目を輝かせて呪文を唱える。
一瞬にしてソーラーと囚人たちが消えて、メーアとシュネーの姿も消えた。
エイベルはスバルに向き直り、胸を張った。
「さあ、僕たちはギル兄を救出するんだ!」
「相手はルシフェル王子とディーザ王子で間違いないな」
「そうだね。早く行こう!」
エイベルが呪文を唱える。地下室には誰もいなくなった。




