79.レイブンの事情
ディーザがスバルの剣を弾いて後ろに跳び、間合いから外れる。スバルも下手に踏み込まず、癒しの剣を構えたまま、呼吸を整えていた。
ディーザは油断なくスバルの様子を窺っていた。
じりじりと熱気と殺気が入り混じるプレッシャーに、囚人たちは固唾を呑んでいた。
ふと、ディーザが口を開く。
「レイブン、おまえだけでスバルを仕留められそうか?」
「さぁな、私が仰せつかったのは時間稼ぎだ。相手を殺すつもりでないと簡単に足元をすくわれると言われているが、本当に殺せるかは分からん」
レイブンは両手を天井に向けて、首を横に振った。
ディーザは苛立たし気に溜め息を吐いた。
「殺すつもりでなく、殺す気でやってくれ。スバルは早いうちに仕留めておいた方がいい。最初は圧勝できるつもりでいたが、だんだんと危なくなっている」
ディーザが考えているとおり、スバルの粘りはすさまじい。長い間青息吐息の状態だが、動きは悪くなっていない。ゲベート王国最強と謳われるディーザといえど、勝負の行方は分からなくなっている。
レイブンがせせら笑う。
「騎士王子が随分と弱気になっているな。安心しろ、私もできればスバルとフローラを殺しておきたい」
「おまえを信用できた試しはないが、今は任せておく。俺はルシフェルの元へ行く」
ディーザは走って地下室を出ていく。
スバルは舌打ちをした。
「とんでもない奴を逃がしちまった」
「そう落胆するな。私との余興も楽しみたまえ」
レイブンがほくそ笑んでいた。
スバルの足元の影が、不自然にせり上がる。影はスバルの周囲でらせんを描く。
いずれ襲ってくるだろう。
スバルは溜め息を吐く。
「ルシフェル王子が黒幕なのは分かったが、なんであんたが俺やフローラをを殺そうとするんだ?」
「話してもいいが、無駄に残念な気分になると思うぞ」
「残念な理由で殺そうとしているのか?」
スバルの問いに、レイブンは心底愉快そうに笑った。
「私個人の事情と言えばそれまでだ」
「もったいぶらずに、ささっと話してくれよ」
「一言で表現するのなら、ギルバートを含めた王家が生き延びる方法を模索したからだ」
「一言じゃなくていいから、分かるように言ってくれないか?」
スバルの周囲を渦巻くらせんが、炎をまとう。
癒しの剣を円状に振ると、らせんも炎も静まった。
「やれやれ、大した事はできないか」
レイブンは両手を開いたり閉じたりしながら、不満気に呟いた。
「魔法は持って生まれた血と魂を原料とするが、魂がない状態ではこんなものか」
「わけの分からない事を言ってないで、俺たちを殺そうとする理由を教えてくれよ」
「いいだろう。私も時間が欲しい。察しているだろうが、ギルバートは王家の中で浮いていて、危険視する者もいる。ギルバートは、もっと大人しく従順な振る舞いをすれば良いのだが、そうもいかないらしい」
レイブンはフッと鼻を鳴らす。
「そんなギルバートも私は愛おしいのだがな」
話を聞きながら、スバルは警戒していた。
レイブンは時間が欲しいと言っていた。時間が経てば、何か恐ろしい事をやるのだと、スバルの直感が告げていた。
しかし、レイブンはギルバートの身体を乗っ取っている。レイブンを斬ろうとすれば、ギルバートの身体も斬ってしまう。
対応策が浮かばないまま、レイブンは話を続ける。
「私はできればギルバートを守ってやりたい。しかし、頼りない兄でな。ルシフェルやディーザに勝てる見込みはない。彼らにギルバートが逆らわないようにするしかないのだが、精神を乗っ取るのも本意ではない」
レイブンはフローラに視線を移した。
「ギルバートが私たちに本格的に逆らい始めたのは、そこの娘と出会ってからだ。私はどうしても考えてしまう。もしも娘と出会わなかったら、ギルバートは今も王家のために全力を尽くす男でいたかもしれないと」
虚ろな瞳なのに、心身共に蝕まれそうな殺意を感じ、フローラは息を呑んだ。
「……私は王家の方々にご迷惑を掛けるつもりはありません」
「おまえがそう考えても、事態はそうは動かない。フローラの命を奪い、亡骸を永遠に掘り起こされないようにした後で、ギルバートからフローラの記憶を奪えば、思い出せなくなるだろう。今までどおりといかずとも、王家がギルバートを処分する理由は消えるはずだ」
震えるフローラを尻目に、レイブンはスバルに向き直る。
「それと、癒しの剣の使い手が私の能力を封じる事は充分に考えられる。以上が私個人の事情だ。さて、そろそろ計画を実行に移そうか」




