77.大事なお知らせ
ルシフェルが呪文を口ずさむと、ディーザにまとわりついていた炎が影の色になり、急速に床へ沈んでいった。
ギルバートが操っていた炎は完全に消えて、ディーザの足元はただ影があるだけだ。
ルシフェルはギルバートに向けて微笑みかける。
「大胆な事件を起こしてくれましたね。またディーザに反抗するなんて。国民が知ったら動揺しますよ」
子供を諭す親のように、優しい口調だった。
ギルバートはいぶかしげに眉根を寄せた。
「大胆な事件を起こしたのはおまえたちだろう。エイベルとその部下に、俺の部下たちを殺させただろう」
「それはエイベルが勝手に行った事です。私たちは反乱の目を摘むだけですよ」
ルシフェルはスバルを指さした。
「まずはその男の命を差し出しなさい。彼の足元を燃やせば簡単でしょう。できないのなら、あなたも反乱兵として処分するしかありません。私に勝てないのは分かっていますね?」
優しい口調の脅しに、ギルバートは歯ぎしりをした。
スバルは青息吐息だ。体力の限界などとっくに超えているだろう。
対するディーザは、笑顔を浮かべている。
スバルの癒しの剣とディーザの王剣がつばぜり合いをしているが、力の差は歴然だった。
ルシフェルは追い打ちを掛けるように言葉を続ける。
「あなたが大人しくするのなら、フローラは見逃しましょう。もう二度とあなたの部下に手を出さないように、エイベルにも言っておきます」
「……エイベルには俺から言っておいた」
ギルバートは絞り出すように言葉を紡いだ。
「俺の部下には二度と攻撃しないと誓った」
「そうですか。良かったですね」
ルシフェルは抑揚なく答えた。心がこもっていないのは明白であった。
ギルバートは黒ずんだ両手を広げて、怒りに満ちた瞳をルシフェルに向けた。
「俺が祖国を滅ぼす理由がないと告げたら、あっさりと信じ、泣きそうになっていた。エイベルにどんな命令をしたのか知らないが、おまえたちを許す事はできない」
「スバルの命を差し出すつもりはないのですね?」
ルシフェルが確認をする。
ギルバートの周囲に底知れぬ殺気と、数えきれないほどの黒い蔦が生まれていた。
「答えるのもバカバカしい。俺たちを道具にしすぎだ」
「まったく……貴様の愚かさはどこまで行くのか。天罰を食らわせるしかない」
ルシフェルの隣に立つソーラーが呪文を唱える。
ソーラーの両手からそれぞれ人の形をした半透明な揺らめきが出現する。
「貴様の能力は物質操作だと分かっておる。防ぎようのないものを召喚した。己の愚かさを後悔しながら死ぬといい」
二体の人型が、奇声を上げてギルバートに襲い掛かる。
ギルバートは人影を避けながら、無数の黒い蔦を床に這わせた。
ディーザは癒しの剣を弾き、足元の蔦を切り刻む。
「数で押すつもりか! 地味にめんどくさいな!」
「無駄なあがきですよ。あなたの能力は私が防げるのですから」
ルシフェルが呪文を口ずさむと、黒い蔦は急速に床に溶けていく。
しかし、ギルバートは黒い蔦を召喚し続ける。体力、魔力、共に膨大に消費するはずだがやめる気配がない。
ソーラーが嘲笑する。
「全く、愚か者のやる事は理解ができぬ!」
「本当のバカ野郎はあんただぜ!」
乱暴な声はソーラーの後ろから聞こえた。
ソーラーの顔面は青ざめた。
癒しの剣が、自らの左胸を貫いていたのだから。
「馬鹿な……」
振り向く間もなかった。スバルの動きは速すぎた。
ソーラーは血を吐いて、虚空を見つめた。
やがて床に音を立てて倒れる。
スバルは癒しの剣を引き抜き、ルシフェルに向けて振り下ろす。
その剣は、王剣に受け止められた。
「とんでもない事をした自覚はあるよな?」
ディーザの問いに、スバルは青息吐息ながら頷いた。
「てめぇらほどじゃねぇが、恐ろしい事をしたぜ」
「ソーラー国王はれっきとした戦場に赴いたのです。覚悟はあったでしょう」
ルシフェルが穏やかに告げていた。
「幸いな事に、彼が召喚した人影は二体とも生きています。そうそう、大事なお知らせを言い忘れておりました」
ルシフェルはローブから小箱を取り出した。金色の留め具があるだけの、地味な木の箱だ。
「この箱がある限り、あなたたちが何をしても無駄な努力となります」
「やってみないと分からないだろ!」
スバルは吠えて王剣をいなし、ルシフェルが持つ小箱に向けて剣の一閃を引く。
小箱の金具はあっけなく切られた。小箱ごと切り裂くつもりだったが、ディーザの蹴りをかわしたため、わずかに剣の一閃がずれていた。
ルシフェルがくすくす笑う。
「自分たちで開けてくださるなんて何て親切なのでしょう」
「何を言ってやがる……!?」
スバルは驚愕した。
小箱がひとりでに開き、混沌とした闇がゆらゆらと立ちのぼっていた。
ルシフェルがギルバート、そしてフローラの順に視線を移す。
「ソーラー国王が召喚した人影は、私が操れるようにお願いしてあります。あの人影に触れた者は、この箱に魂を囚われます。ソーラー国王を殺害する余裕があったのなら、あの人影たちを切り裂くべきでしたよ」
「親切な情報提供だな!」
スバルは舌打ちをして、走る。
人影はギルバートに防ぎようがない。かわすしかない。
癒しの剣なら切る事ができるという。
二体ともギルバートに襲い掛かっている。
一体を癒しの剣が貫くと、その場で霧散した。あまりにも手ごたえがなく、本当に倒したのか疑うほどだった。
もう一体に剣が届く寸前に、甲高い金属音が響いた。
「簡単に切らせるわけがないだろう」
王剣が、癒しの剣の一閃を阻んだ。
すんでの所でギルバートはかわしていたが、その表情に焦りが浮かんでいる。
人影がフローラに向かっている。
ギルバートはスバルを一瞥した。
「ルシフェルの能力は時間操作だ。あとはなんとかしろ」
ギルバートはフローラの元へ走っていた。




