76.地下室の攻防
えぐれた床や粉々になった鉄格子を見ながら、スバルは舌打ちをした。
「デタラメな能力をもちやがって」
「よく言うな。俺の気迫を剣の一振りで防いでおいて」
ディーザは心底愉快そうに笑っていた。
スバルは口元をひくつかせた。
「気迫で床や鉄格子を壊すなよ」
「おまえだって鉄格子を斬ってるだろ。人の事を言えないな」
「一緒にすんな! あんたほどデタラメじゃねぇぜ!」
スバルは肩で息をしながら、癒やしの剣を構え直す。
ディーザは満面の笑みを浮かべて両手で拳を作る。
「少しは骨がある人間だと思ったが、俺を怖がっているのが丸わかりだ」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
スバルは吠えて床を蹴る。
ディーザのデタラメな力に真正面から付き合っていては、身体が持たない。一気に勝負を仕掛けるしかない。
一瞬で距離を詰めて、目に留まらぬ速さで剣を振りおろす。
しかし、スバルの思うようにはいかなかった。
癒やしの剣がディーザの両手に挟められ、身動きが取れなくなった。
ディーザは口の端を上げる。
「素質はあるが、まだまだだ」
言うが早いか、ディーザの蹴りがスバルの脇腹を捉える。
スバルは癒やしの剣から手を離し、後ろに跳んで蹴りの威力を殺したが、声を上げる事ができず、呻く。肋骨が幾つか折れただろう。
激痛に苛まれ、立っているのが精一杯だ。
ディーザは癒やしの剣を地下室の外へ放り投げ、真剣な表情を浮かべる。
「今度はこっちの番だ。俺に全力で挑んだ報いとして、全力で仕留めてやる」
ディーザの周りの空気が幾重にも歪む。彼の気迫が波打っているのだ。
スバルは身体中がきしむのを感じた。ディーザの放つ圧力に耐えられる時間はごくわずかだ。
時間稼ぎをして打開策を考えるわけにはいかない。
早々にディーザを倒すしかないのだが、骨が折れて痛む身体で素早く動く事はできない。どんな攻撃もかわされるだろう。
勝敗は目に見えていた。
「畜生……」
スバルは唇をかんだ。
ディーザは大笑いをした。
「もう諦めるのか? 意外と手ごたえが無いな」
「うるせぇ……!」
スバルは気力を振り絞ってディーザを睨む。痛みで悲鳴をあげたくなったが、奥歯で嚙み殺した。敵に弱みを見せたくない。いくつもの死線を乗り越えてきたスバルにとって、敵に屈する姿を見せるのは、死にも勝る屈辱だ。
そんな意地が、強がりを超えて、覇気を帯びていた。
ディーザはヒューッと短く口笛を鳴らした。
「いい目付きだ。このまま殺すのが惜しい。ルシフェルの命令が無かったらスカウトしていたな」
「余計なお世話だ!」
「分かっている。さっさと始末するから楽になれ」
気迫の波が放たれる。
スバルは舌打ちをした。不思議と恐怖は無かった。痛みと悔しさだけが、スバルの身体をむしばんでいく。気力ではどうしようもないほどに、ダメージを負っていた。
一矢報いたかったが、敵わない相手だと認めざるをえない。
なすすべなく、飲み込まれる。
そのはずだった。
気迫の波が、透明な魔力の壁に阻まれた。次の瞬間に、気迫の波が黒く染まる。
ディーザは両目をパチクリさせた。
「おっと、その手があったな。フローラとギルバートの合わせ技で、俺の気迫を返す事ができたな」
ディーザは焦った様子もなく、もう一度気迫の波を放つ。
気迫の波同士が相殺され、霧散していく。
「あとはもう一度気迫を放てば俺の勝ちだな……!?」
ディーザは大慌てで身体をひねった。顔面は蒼白し、驚愕の表情を浮かべている。
「嘘だろ、ギルバート!?」
ディーザの左肩がぱっくりと割れていた。右手で押さえるが、出血は止まらない。
ディーザの視線の先には、ギルバートがいた。
ギルバートの両手には、癒しの剣が握られていた。いつの間に地下室の外に回り込み、拾ったのだろう。
「この剣が俺にとって猛毒なのは分かっている。無論、おまえにとってもな」
ギルバートの両手は痛々しく黒ずんでいた。しかし、痛みにさいなまれている様子はない。
「仕留めきれなかったのが残念だが、先ほどのようなデタラメな攻撃はできなくなっただろう」
ギルバートは淡々と言って、癒しの剣を振るう。
ディーザは額に汗をにじませながら、笑った。
「俺を斬ったのは賞賛に値するが、何度も同じようにはいかない……!?」
ディーザの笑みが凍り付く。
足元の影が赤い光を帯びていた。赤い光はやがてディーザの全身を包み、炎を生んでいた。
ギルバートは表情を変えずに、スバルに向けて癒しの剣を放り投げた。
「そうだな。もう二度とこの剣を振るいたくない」
燃え盛る炎に包まれて、ディーザが悲鳴をあげる。
気迫を放ち、辺りに炎を散らすが、炎は次から次へと生まれていく。
ギルバートはスバルに視線を向けた。
「ディーザの気迫を相手に、俺の魔力は分が悪い」
「分かったぜ。一気に仕留める」
スバルは剣を握り直し、深呼吸をして集中力を高めた。
癒しの剣が白い光を帯び、スバルの身体も燐光に包まれた。不思議と痛みはひいていた。癒しの剣が力を貸してくれたかのように。
「……もともとはクーガの剣だったが、すげぇな」
スバルは呟いて、反乱軍の元リーダーを思い出していた。大怪我をしたスバルを介抱し、命を捧げてスバルを助けてくれた。
世界の平穏を望み、死んでいった。
「あの時の約束、まだ果たしてねぇな」
食い物に困った人たちが盗賊になったという現実を、ギルバートに伝えてほしいというものだった。
スバルは床を蹴る。ディーザに向けて剣を振るう。
剣が、ディーザの頭を捉える。
スバルの胸は沸き立っていた。ゲベート王国最強の剣士に一矢報いるどころか、勝ちそうなのだ。
囚人たちから歓声が上がる。
そんな時に場違いなほど穏やかな声が響く。
「ディーザ、王剣を抜きなさい。標的はスバルです」
炎にまみれたディーザが背中の王剣を抜き、癒しの剣を受け止める。
穏やかな声の主は、不適に微笑んだ。
「随分とディーザをいじめてくれたものですね。皆様、覚悟はできていますね?」
声の主――ルシフェル――は地下室の入り口にソーラーと共に立っていた。




