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残酷な俺の仕事  作者: 今晩葉ミチル
若き王子の来襲
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74.決意を新たに

 スバルは癒しの剣を鞘に納めた。

「エイベル王子との戦いは決着が着いたな」

 ギルバートは背中を向けたまま答えない。

 エイベルは視線をそらした。

「僕たちは君たちに攻撃ができない。魔導師の誓いは絶対だからね。君たちは僕を気のすむまで殴っていい事になる」

「攻撃してこない相手を一方的に殴る趣味はないから安心しろよ。あんたの部下たちに対しても同じだ」

「……本当にそれでいいんだね?」

「殴ってほしければ殴るけどよ、ギルバート王子はあんたに自由にしろと言ったんだ。俺がどうこう言う権利はねぇぜ」

 スバルが当然のように言うと、エイベルは全身を震わせてうつむいた。


「こんな事を言ってはいけないのだろうけど……ゲベート王国のために戦ってきたつもりだったけど、なんで戦ったのか分からなくなったよ。ギルバートもゲベート王国を滅ぼすつもりはなかったよね」


「俺が祖国を滅ぼす理由は無い」


 ギルバートの口調は淡々としていた。

 エイベルはしゃくりあげた。

「ねぇ……またギル兄と呼んでいいかな?」

「好きにしろ」

「……ギル兄は僕の事、嫌いになったよね」

「別に」

 ギルバートのそっけない返事に、エイベルは目元を拭った。

「謝っても許されないだろうけど、本当にごめん」

「謝罪の意図があるのは分かった。あとは行動で示せ」

 エイベルは頷いた。

 さざ波の音が遠のき、乾いた風が吹きすさぶ。

 ギルバートの燐光が消え、青色だった景色が元に戻っていた。


「……メーア王女の声が途切れた」


 ギルバートは静かに告げて、遥か彼方を見つめた。彼の見る方向にはゲベート王国がある。メーアはそこに囚われている。彼女の妹であるシュネーもいるだろう。

 スバルも同じ方向を見つめていた。

「俺たちは助けられたし、助けに行くべきだろうな」

「送ろうか?」

 エイベルの提案に、ギルバートは頷いた。

「頼む」

「……僕も行っていいかな?」

「ここを離れる前に、おまえの部下たちと意志疎通をしておけ。魔導師の誓いを知らなかったと言われたら事だ」

「それもそうだね」

 エイベルは残念そうな表情を浮かべて呪文を唱え始める。

 ギルバートとスバルの足元に金色の方陣が生まれた。

 この時に、フローラが起き上がった。

「私も連れて行ってください。きっとお役に立ちます」

「ギル兄、どうする?」

 エイベルが尋ねると、ギルバートが振り向いた。ひどく悲しそうな表情を浮かべている。

「フローラ、おまえにも助けられた。だが、これから行く所はより危険な場所だ。おまえを守る事はできないかもしれない」

「構いません。自分の身は自分で守ります」

 フローラはきっぱりと答えて、しっかりとした足取りで立ち上がった。

「私も行きます。いつかあなたの名前も呼ばせていただきます」

「分かった。エイベル、彼女も頼む」

 ギルバートの瞳から決意を伺えた。彼にとってフローラと共に死地へ向かうのは、並々ならぬ覚悟が必要だろう。

 フローラはギルバートに関する記憶を奪われている。いずれ魂そのものを支配されてしまうかもしれない。

 しかし、今のフローラから誰かに操られそうな脆さはない。

 フローラの足元にも金色の方陣が生まれる。

 エイベルは呪文を唱え終えた。

「それじゃあ、メーアとシュネーの元に送るよ。僕たちの動きは、たぶんお父様たちも感じ取っている。本当に危なくなったら、僕を呼んでね」

「分かっている、まずはそいつを説得しろ」

「そいつって?」

 エイベルは、ギルバートの指す先に視線を移す。

 両目を吊り上げて、どす黒い雰囲気をまとうロベールが地面を這っていた。エイベルの右足を掴み、恨めしそうに歯ぎしりする。

 日頃は温和なのだが、今のロベールは別人のようだった。

 エイベルがヒッと小さな悲鳴をあげると、ロベールは左手で地面をガリガリと削っていた。

「主君を危険に晒した非は認めます。お叱りも覚悟いたします。しかしながら、あまりに勝手がすぎるのではありませんか?」

「えっと……魔導師の誓いを立てた事かな?」

 エイベルが恐る恐る尋ねると、ロベールはせきを切ったように言葉を投げつけだす。

「あなたは僕なんかの命と引き換えに、とんでもない制約を受ける所でした。天秤に掛ける価値のないものを掛けてしまったのです。ゲベート王国を転覆させる事に力を貸したも同然です! あなたには僕たちの覚悟が全く伝わらなかったのでしょうか!?」

「君たちの覚悟は分かっていたつもりだよ。だから、僕は君たちと一緒に戦ったんだ」

「しかし、あなたはギルバート王子に迎合してしまいました。僕たちの意志など、どうでもいいかのように!」

「どうでもいいわけないだろう!?」

 今度はエイベルが声を荒げた。

「僕をそんなに疑うの!? 一番に僕を想い、忠誠を誓っていたはずなのに!」

「忠誠を誓うからこそ、首を落とされる覚悟で申し上げます。あなたは優先するべきものをしっかりと判断するべきです!」

「僕はしっかりと判断したよ! 君を助けてもらったのを間違いだと思わない。君こそ使命を大事にして! 命を落としたら何もできないんだよ!?」

「日頃命を掛けている騎士に向ける言葉とは思えません!」

「命を掛けてくれているからだよ」

 エイベルはしゃがむ。

 そして、ロベールの両手をとった。彼の左手は血がにじんでいるうえに、土で汚れていた。

 そんな手を、エイベルはギュッと握る。

「君はまだやれる事がある。簡単に死なないでほしいんだ。簡単に捕まるのも無いようにしてね」

「……捕まった事に言い訳をするつもりはありません。申し訳ございませんでした」

 ロベールは穏やかな雰囲気を取り戻した。


「エイベル様がギルバート王子に従う原因を作った事は認めます。しかし、今後は僕とあなたの行動を天秤に掛けないようにしていただきたいのです」


「天秤になんて掛けないよ。僕は迷わずに君が助かるようにするから、窮地に追い込まれないように気を付けてね」


 エイベルが無邪気な笑顔を向けると、ロベールは溜め息を吐いた。

「本当にあなたは優しすぎます」

「おい、そろそろ送ってくれねぇか? 待ちくたびれるぜ」

 スバルが声を掛けると、エイベルは両手をポンと叩いた。

「そうだったね。それじゃあ頑張って」

「軽いな! まあ、いいけどよ」

 スバルたちは、エイベルの魔術により一瞬で消えた。

 崖の上には、やりきった表情を浮かべるエイベルと、おぼつかない足取りで立ち上がるロベールがいた。

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