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残酷な俺の仕事  作者: 今晩葉ミチル
若き王子の来襲
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69.どうしようもない事態

 朝焼けが辺りを照らす。鮮やかな光は、ドラグーン・シティの防壁の裏に影を産んでいた。

 その影から、いくつもの翼ある怪物が飛び立った。けたたましく鳴り響く鐘の音は、戦に赴く彼らを見送るようだった。

 ひときわ大きな怪物は、王子アレクとウルスラを乗せている。

「シューターが大人しくなったな」

 ウルスラの呟きに、アレクは頷く。

「投擲をする人員が疲れたか、投擲道具が尽きたか。いずれにしろ好都合だ」

 眼下にはドラグーン・シティを取り囲むように軍隊が配列されている。騎馬が異常に多い。機動力に重点を置いた部隊となっている。その中で、特に立派な鎧を身に着けた集団がいるのを、アレクは見逃さなかった。

「あの集団の中にエイベルがいる」

「討ち取りましょう!」

 ガイルが勇ましい雄叫びをあげる。ガイルとスバルを乗せた怪物は、アレクの怪物の隣を飛ぶ。

「呪われし血族を殲滅だ!」

 その声に応えて、飛行している部隊の間に歓声があがる。怪物も戦意と殺意の込めた咆哮をあげていた。蒸し暑い突風をものともせず、悠然と飛んでいた。

「……確認するが、エイベルへの対策はあるんだろうな?」

 スバルが尋ねると、ガイルは豪快に笑った。

「笑止! 負ける道理などない!」

「あいつは強いぜ。無策に突っ込むのは、殺してくれと言ってるも同然だ」

「魔導士など恐るるに足らん。よほどの魔力を持たぬ限り、敵ではない。ギルバートが例外だ。強靭な翼と牙で、エイベルを討ち取ってくれよう!」

 ガイルの言葉は勇ましかった。並々ならない決意が表れていた。いくつもの死線を乗り越えた戦士の気概があった。


 しかし、突然状況が変わった事に理解が追いついていないようだ。呆然としている。


 怪物の頭が無くなっていたのだ。


 頭を失い、太い首はのたうち回ったが、やがて動きを止める。鋭利な刃で切り落とされたような切り口だった。空を羽ばたく翼は、ただの飾り同然となった。この怪物に乗っていればどんな運命を辿るのか。想像に固くない。

「だから言っただろ!」

 スバルはいち早く、隣の怪物に乗り移っていた。アレクとウルスラが乗っているものだ。

「おのれええぇぇぇ!」

 ガイルが絶叫をあげて急速に落下していく。地面に全身を叩きつけられれば、助からないだろう。

 アレクは怪物を操り、ガイルの落下方向へ加速する。受け止めるつもりなのだろう。


 しかし、戦では、助け合いが必ずしも功を奏するとは限らない。


 アレクの怪物も首から上を失った。加速していた分、ガイルよりも速く地面に叩きつけられるだろう。それは、明確に死を意味していた。

 他の怪物たちも落下している。怪物を操っていた男たちにとっては、あまりにもあっけない敗北であった。彼らの瞳は絶望で曇った。

 スバルの頭にも走馬灯がよぎった。怪物の下敷きにならない位置に移動するなど、身体は助かるために動いているが、本能が死を悟っている。どうしようもない事態だ。

 エイベルとの能力差は明白であった。為す術がない。

 しかし、運命の神は彼らをまだ見捨ててはいないようだった。

 地面に激突する寸前で、透明な壁が張られて、衝撃を和らげたのだ。地面は所々から岩がむき出しになっていたが、避ける事ができた。痛くないわけではないが、立てないほどではない。

「……フローラですね」

 呟きの主は、スバルが知らない青年だった。騎馬に跨がり、不敵な笑みを浮かべながらスバルたちを見下ろしている。他の騎馬隊と比べて、見る者を威圧させるような、異質な雰囲気を放っていた。

 ただものではない。しかし、青年よりも注視するべき人物がいた。

 青年の両腕の間にいる少年だ。輝くような金髪に、透き通るような青い瞳。今は白い軍服に身を包んでいる。


 エイベルだ。スバルの仲間たちを殺してきた。


 スバルは考えるよりも早く、剣を振るい、斬りつける。しかし、切り裂いたのは空気だけであった。エイベルの姿は、騎馬ごと消えていた。

「どこだ!?」

 スバルは辺りを見渡す。他の騎馬隊が一斉に槍を突いてくるのを躱したり、いなしたりしながら、走り、エイベルを探し回る。

「丸腰の相手を斬りつけるとは、剣士の風上にも置けませんね」

 青年の声を聞いて振り向こうとした。しかし、背中に激痛が走り、追撃を受けないように飛び退くのが精一杯だった。躱す間もなく蹴られたのだろう。致命傷を負っていないのは、馬の足で蹴られたわけではないからだろう。殺気はおろか、気配を感じられなかった。

 青年の騎馬を黒いらせんが絡め取ろうとする。ギルバートが操っている影だ。彼の得意な魔法だ。しかし、騎馬は絡め取られる寸前に、忽然と消えていた。

「こそこそ逃げやがって!」

 スバルは痛みを堪えながら、襲いかかる騎馬隊を斬っていた。

「逃げてはいませんよ、躱しているだけで」

 青年の声が聞こえた。穏やかな口調が妙に不気味であった。スバルは恐怖で震えそうな両手を握り直し、声の主を探そうとする。

 だが、咄嗟に探すのをやめて、伏せた。

 スバルの頭上を矢が飛び交う。大量の弓兵が放ったのだ。立ち上がり、体勢を立て直す。猛攻は続く。躱しきれる量ではない。徐々にかすり傷を負う。体力を確実に奪われていく。立っているのがやっとになる。

 矢を弾いたり落とすだけでは、弓兵を倒せるはずがない。堂々と向かってくる強敵より厄介な集団だ。

 スバルは息も絶え絶えに辺りを見渡す。せめてエイベルに一矢報いたい。敵討ちを諦めかけている自分が情けなくなるが、戦意を失わないようにするのが精一杯であった。

 いくらか時間を稼いだのが功を奏したのか、無数の黒い影が弓兵たちを絡め取り、動きを封じる。

「エイベル、ロベール、そのへんにしてもらおう」

 低い声が聞こえた。ギルバートだ。どこにいるか分からないが、近くにいるのだろう。

 一体の騎馬が姿を現す。スバルが走ればすぐに斬りつけられる距離だ。

 エイベルは憤慨していた。両頬を紅潮させて、全身をワナワナと震わせている。

「君こそいい加減にしてよ! 裏切り者を処刑できないじゃないか!」

「……エイベル様、僭越ながらお伝えしたい事があります」

 ロベールが口を開いた。

 エイベルは両目を見開いた。

「今頃なにを!?」

「ギルバート王子がスバルを庇うのを確実に確認してから、お伝えするように言われておりまして……」

「いいよ、もったいぶらずにさっさと話して!」

 エイベルが急かす。

 ロベールは安堵のため息を吐いた。

「ああ、これでためらいなく申し上げる事ができます。ギルバート王子の裏切りを防げないのなら、フローラという娘を生かす理由がありません。スバル共々葬ってくださいと」

「フローラって、ギルバートの恋人という噂の女?」

 エイベルが尋ねる。

 ロベールは恍惚とした表情で頷いた。

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