66.虚しい絶叫
図星だったのは、顔に出ただろう。嘘を吐くのも、混ぜ返すのも無駄だろう。
一瞬の沈黙は肯定を示してしまった。
クーガのまっすぐな視線が痛い。澄んだ瞳でスバルの目的さえ見透かしている。つまり、クーガを殺す事。分かっていたうえで、この男は笑顔で近づいてきた。スバルはそう感じた。
「何を考えているんだ?」
素直に教えてくれるとは思わないが、聞いてしまう。クーガはゲベート国に対して反乱をしようとしている。そのためには敵である国王軍を減らしたいはずである。
クーガはスバルを殺す機会はいくらでもあった。しかし、丁寧に介抱して怪我を治し、仲良くしようと取り計らっているように見えた。
スバルにとって、クーガは不可解であった。わけのわからない者に対する恐怖もあった。その恐怖をごまかすように両拳を握り、クーガを睨みつけた。
クーガが口を開く。相変わらず、よどみのない視線だ。
「おまえが国王軍なのを、知らないフリをしたのは悪かったと思っている。だけど、話を聞いてくれそうでよかった」
クーガは笑顔になる。
「今、野盗が増えて治安が悪くなっている。食べ物に困って人様のものをぶん捕ろうという輩が増えた。そんな世界をいい世界と思うか?」
「……何が言いたい」
「はっきり言うが、ゲベート王国の今の体制がいいと思わない。国王や貴族ばかりが富を勝ち取り、大多数の人間が飢えに苦しみ虐げられている。国王軍は見て見ぬふりだ。野盗を倒そうと考えても、食べ物を与えようとはしなかった」
「当たり前だ。罪人に施しは与えねぇぜ」
クーガは顎に手を当てて、うなった。眉をひそめて首を傾げる。
「それも、そうかもしれないが……だが、あいつらは食べ物にありつければ、それで良かった。あいつらだけじゃない。本来なら善良な人たちが罪を犯している時があるんだ。今のゲベート王国はそれを誘発している」
「てめぇ、殺されたいらしいな」
国王軍であるスバルにとって、ゲベート国への批判は万死に値する。
スバルは殺気を隠さずに、一歩、また一歩とクーガに詰め寄る。
しかし、クーガは極めて能天気な表情で、笑った。
「まあ、待て。俺が言ったら反逆罪だが、ギルバート王子が言ったらどうなる?」
「ギルバート王子が……?」
スバルは足を止めた。あまりにも予想外な質問に、頭が真っ白になる。
ギルバートは第四王位継承者だ。そんな人物が祖国を悪く言うなど、考えた事もなかった。
クーガはここぞとばかりに畳みかける。
「ギルバート王子は若いが聡明だ。国民を第一に考えて、国を潤す事ができる。今は事情があって国王に逆らえないらしいが、決断をすれば一気に変えられるはずだ。まずは、ギルバート王子に今日の事を報告してほしい。絶対に影響があると思う」
「……俺は戦闘以外の報告できないぜ。隊長に握りつぶれる」
「ギルバート王子に直接言ってくれ。隊長には内緒で」
クーガが親指を立てる。本人は名案だと思っているらしい。
しかし、事態は許さなかった。
「耳を貸すな、スバル。この男は反乱兵としてこの場で処刑しろ」
くぐもった声と共に、数本の矢が飛んできた。明確にクーガを狙っている。不意打ちに、クーガは対応しきれずにかすり傷を負う。
くぐもった声の主が、家の影から姿を現す。馬に乗った男だった。黒い鎧を身に着け、同じ色の鉄仮面をかぶっている。鉄仮面は顔をすっぽりと覆っていて、素顔は分からない。
男の持つ槍が怪しく光る。
「かすり傷ですました事は褒めてやろう。しかし、偉大なるゲベート王国を侮辱した事は極刑に値する」
鉄仮面の男がいない方向から、矢が何本も飛ぶ。クーガは剣を抜いて、はたき落とした。
その動きはスバルから見て、神速であった。普通の人間には目で追う事も出来なかっただろう。スバルは畏怖を感じていた。
「シリウス隊長、武器のない俺は引き下がった方がいいですか?」
「クーガの始末はおまえへの勅命だ。引き下がっていいはずはないだろう!?」
スバルは肩をすくめた。シリウスは激昂している。奇跡的にクーガに勝っても、懲罰を受けるかもしれない。
クーガは息を切らせながら、シリウスをじっと見る。
「おまえがギルバート王子配下王族直下部隊の隊長か。シリウスというんだな。覚えておく」
「覚える必要はない。おまえはこの場で処刑される」
シリウスはスバルに向かって、黒い鞘に収まった剣を投げつけた。柄に黒い十字架のついた禍々しい雰囲気の剣だ。
「ソーラー国王は寛大にも、おまえに機会を与えた。特製の剣を与えてくださったのだ。名誉ある戦いだ。死ぬ気でいけ」
「……この剣を抜かないとダメですか?」
スバルは思わず口に出してしまった。触れるだけで魂を取られそうな圧力を感じる。呪われた武器であるのは分かった。
しかし、国王から与えられたものを拒否する事は、国王軍にあってはならない。
シリウスは怒り狂った。
「スバル、貴様はどこまで腑抜けている!? ギルバート王子からおまえを傷つけないように命令されていなければ、串刺しにしていた! おまえのせいでギルバート王子はなめられている。責任を取れ!」
スバルは溜め息を吐いて、柄を握る。この剣を使う事で自分がどうなるか分からない。
ためらいは、クーガにも分かった。
「やめろ、俺達が戦う必要はない!」
クーガは矢をはたき落としながら、スバルに訴えかけた。スバルの手を掴んで、黒い剣を抜くのを止めたかっただろう。しかし、矢がそれを許さない。
シリウスが言う。
「クーガ、おまえの罪は重い。聡明な王となるべきギルバート王子の名誉を傷つけ、多くの人間を反乱へと誘った。世界を平穏から遠ざけて、多くの同胞を奪った」
ああ、そうだ。とスバルは思った。
志半ばで戦死した人間たちの意思を継ぐために、王族直下特殊部隊となったのだ。
その人間たちは世界の平穏を望んでいた。その目的を達成するために、手段を選ぶのは許されない。
「クーガ、てめぇは俺の手で殺す」
「やめろおぉぉぉ!」
クーガの絶叫は虚しく響く。
スバルは黒い剣を抜いた。全身の血が沸き立つのを感じていた。




