62.癒しの剣
スバルにとって、クーガは命の恩人だ。しかし、国王軍に逆らうのをやめろと説得しても、頷かない。国王側の人間にとって要注意人物なのは間違いない。
王族に属する特殊部隊の一員として、この場で仕留めるか。それとも泳がせておくか。
クーガには不思議な能力があると言われている。怪我をしたまま戦うのは得策ではない。かといって、泳がせるつもりで逃げられたら元も子もない。
何よりも、自分はクーガを殺せるのか。できれば敵になりたくないのが本音である。
悩んでいると、フィンが話しかける。
「難しい顔をしているけど、大丈夫?」
「ちょっと怪我が傷んだ」
適当にごまかして、包帯を巻き始める。フィンが心配そうに見つめている。
「大丈夫じゃないよね」
「俺が大丈夫じゃなかったら、どうするんだ?」
スバルが意地悪な質問をすると、フィンはうなった。
「……うーんと……」
しばらく首を傾げた後で、ぱっと明るい表情になる。
「おまじないをする!」
「なんだそりゃ」
「クーガがいつもやっているんだ。小さな声でぶつぶつぶつぶつ。怪しいけど、みんな喜ぶよ!」
クーガが愉快そうに笑った。
「ぶつぶつ言って喜ばれているんじゃなくて、心を込めた治療が感謝されているんだ。フィンにはまだ分からないかもしれないが」
「不思議な力で怪我が治るんだよね。分かってるよ!」
フィンの口調はたどたどしかった。
スバルの目が座る。
「不思議な力とやらは、どんなもんだ? まさか、永遠に安らかな眠りを与えるもんじゃねぇよな」
「疑いすぎだろ!? 安心しろよ。ちゃんとした治療だ」
クーガはフィンに目配せをする。
フィンは頷いた。
「アレをやるんだね!」
フィンがぱたぱたと家の奥に走る。そして、細長いものを重そうに引きずってきた。
長剣だ。柄には、透明な宝石がはめ込まれている。
クーガが手に取る。
「癒しの剣だ。効果は未知数だが」
「未知数とか危なっかしいな」
「安心しろよ、最初に言っただろ。癒しの剣って。軽い攻撃もできるけど」
「おっかないな!」
スバルが露骨に後ずさりすると、クーガは申し訳なさそうに頭を下げた。
「悪い! 持ち主の機嫌次第なんだ」
「近づくな!」
「俺の機嫌はめちゃくちゃいいから安心しろ。子供の前で怯えるなよ、男だろ?」
フィンが両手の拳を天井へと突き上げる。
「怯えるなー!」
「うるせぇチビ!」
「チビじゃない、フィン!」
フィンは両頬を真っ赤にしてスバルに食ってかかるが、頭をがっちり押さえられて身動き取れなくなる。フィンの頭はスバルの右手で押さえられるくらい小さかった。フィンは振り払おうともがいているが、効果がない。
クーガがあきれ顔になる。
「大人げないな。一発殴られておけよ」
「こっちは怪我人だろうが」
「チビは謝れ、気にしてるから」
フィンはもがきながら、泣き出した。
「僕はチビじゃないー!」
スバルは溜め息を吐いた。
「わーったわーった言い直す。これから大きくなるだろうから心配するな」
「ほんと!?」
フィンの表情は明るくなった。
スバルは頷いた。
「ああ、そうだ。だから怪我人を殴るのはやめような」
「うん、わかった!」
フィンは万歳をした。頭から右手を離してやると、小躍りを始めた。
クーガが笑った。
「案外いい奴だな。そういや、なんて名前だ? まだ聞いてなかったな」
「スバル」
「まじか! 聞いた事ある名前だが、あのスバルか?」
「違うだろ」
どのスバルか分からないが。
クーガは首を傾げた。
「正当なる王家の末裔にも、ギルバート王子の配下にもそんな名前の奴がいた気がするんだよなぁ」
ギルバートの名前が出た時に、正体がばれたと思って心臓が飛び出そうになったが、平静を保った。
「どうでもいいだろ。それより、癒しの剣の能力とかを見せろ」
「どうでもいい事はないんだが、まぁいっか」
クーガは自らの左手を、スバルの右手に重ねた。
「予め言っておくが、癒しの剣の効果は未知数だ。相手の血筋によって、効果が変わる」
「血筋?」
「そうだ。神様に近い血筋の方が、癒しの力が高まるらしい。逆に、呪われし血族になると傷ができるらしい。自分が呪われし血族じゃないのを祈っててくれ」
なんだそりゃ。
スバルが疑問を口にする間もなく、クーガは右手で剣に触れた。




