挿入話:なんで
一行はドラグーン・シティの中心街へ案内されたが、ギルバートは頑なに拒んだ。アレクたちと仲良くする気はないし、エイベルが来た時のために様々な準備をしておきたいからだ。
エイベルはあらゆる空間を自在に切断したり、つないだりする能力を持つ。例えば人体を切断したり、太陽と地上をつなぐ事ができる。魔導士以外で彼の餌食にならなかったのは、スバルくらいだ。
恐るべき空間使いだ。
一方で、素直な性格だ。頭はいいが、騙されやすい。
「どうやって有利な状況にするかだな……」
ギルバートは呟き、空を仰いだ。
月と星が輝く、美しい空だ。遥か西方には同じ色の海が広がる。有事でなければ見惚れてしまうような景色だった。
ギルバートは軽く首を横に振り、北東を見る。ゲベート国がある方向だ。荒野の向こうにあるが、ドラグーン・シティからは見えない。しかし、おどろおどろしい気配は色濃く感じる。愛しくも、恨めしい祖国がある。
ふと、足音が聞こえる。フローラが近づいていた。
「冷えてきましたね。風邪をひいてしまいますよ」
「この程度で身体を壊しては、命がいくつあっても足りない」
ギルバートの返事はそっけない。
しかし、フローラは笑った。
「あなたはそうやって、自分を心配する人を突き放すのですね」
フローラはギルバートの隣に立つ。頬を赤らめている。落ち着くためなのか、深呼吸をした。
「空気が美味しいですね。一緒に深呼吸をしませんか? いい気分になりますよ」
「あいにくそのつもりはない」
ギルバートは片手を振って拒絶する。
「ここは近いうちに戦場になる。死にたくなければ離れておけ」
「弟さんと、ですよね。止めないのですか?」
「……止められるなら、そうしている」
ギルバートは溜め息を吐いた。
エイベルは、ギルバートの多くの部下を殺している。部下には何の落ち度もなかった。強いてあげればギルバートに忠実で、エイベルには決して与しなかった事だろう。
エイベルの目的は、ギルバートの裏切りを防ぐ事だったらしい。ギルバートがゲベート国を裏切らないと確信すれば、エイベルは凶行をやめるだろう。
ドラグーン・シティの中心街に入るのは論外である。
「戦わずにすむなら、その方がいい。おまえには関係がない」
「不思議な人ですね。突き放しているようで、私の安全を気遣って……私の事を知っている人なのに、思い出せません。でも……!」
フローラはギルバートの右腕を掴んで、顔を寄せた。
「私はあなたを放っておけません。無力で足手まといでも、逃げるのは嫌です!」
「何もせずに逃げてくれた方がマシだ。無力で足手まといとはそういう事だ」
「いいえ、きっと何かできるはずです。やってみせます!」
フローラの瞳は真剣だった。ギルバートをひるませるだけの力があった。
「私には幸いな事に、防御壁を張る能力も頼もしい仲間もいます。あなたの枷にはなりません!」
「枷にならないか……おかしな事を言う」
ギルバートは自嘲気味に笑った。
「心構えは分かった。だが、本気なら俺の名前くらい口に出してほしい」
「分かりました。皆さん呼んでいますから、簡単です。えっとギ、ぎるばぁ……」
フローラは頭を抱えてうずくまった。
「なんででしょうか。あなたの名前を呼びたいのに。苦しいのに……!」
フローラは涙を流しながら、息が荒くなりながら、一つの名前を呼ぼうとしている。
そんな彼女に優しげな視線が向けられる。その視線は、どこか悲しそうでもあった。
「充分だ。願わくば、俺の事など一生忘れて幸せになってほしい。仲間の元に戻れ。風邪をひく」
「待ってください、もう少し時間をください!」
フローラの懇願が届いていないのか。黒衣の魔導士は風を操り飛び去った。
フローラには胸の痛みと涙が残されていた。
「私、なんでこんなに悔しいのでしょうか……?」




