58.呪われし血族
黒い巨鳥は、切り立った崖の上に降りる。八人が地面に降りると、巨鳥は静かに虚空へ消えた。
既に太陽の光はなく、空は月と星が瞬いている。
この時、不自然な現象が起こっていた。
「晴れているのに、湿気てきたな」
スバルが呟くと、ウルスラが笑った。
「おまえにしては穏やかな話題だな」
「殺伐とした話がいいか? いくらでもしてやるぜ」
「いや、いい。互いの精神に良くないだろう」
言いながら、ウルスラは顔を上げた。
「ドラグーン・シティ。久しぶりだな」
彼女の視線の先には、壮大な要塞がある。
街は、強固な岩を切り崩したような防壁に囲われている。防壁は天に届きそうなほど高く、堅牢だ。並大抵の事では崩れないだろう。
その防壁の向こう側から、けたたましい鐘の音が聞こえる。訪問者に気づいたのだろう。
「私達を歓迎してくれるのでしょうか」
フローラの口調は穏やかだ。涙もすっかり乾いている。
しかし、彼女の言葉とは裏腹に、鐘の音は慌ただしい。
スバルの表情が険しくなる。
「手荒い歓迎になりそうだぜ」
風が吹いた。
刹那、暴風が吹き荒れる。見上げれば、巨大な鈎爪としっぽを生やした怪物が羽ばたいていた。鋭い牙を鈍く光らせて、スバル目掛けて突進してくる。
「なんで俺!?」
殺気を感じていたため、避ける事に成功した。しかし、これで終わるはずがない。
空中に似たような怪物がもう一体いる。こちらも、殺気がある。
「よくぞドラグーン・シティに来れたな。呪われし血族とその部下め」
若々しいが、威厳のある声だった。声の主は怪物ではなく、そこに騎乗する青年だ。月明かりがかろうじて姿を映す。精悍な顔立ちだ。怪物の野太い首にまたがり、スバルたちを睨んでいる。
「ガイル、呪われし血族を滅ぼせ!」
青年の号令により、先ほど突進してきた怪物が、再び迫ってくる。その怪物にも騎乗している男がいた。たくましい髭を生やした筋肉質の壮年だ。大柄で、上半身は裸だった。大斧を振りかざしている。
「我が名はガイル! いざ、参る!」
スバルは身構えた。
しかし、その緊張はすぐに緩む。
「……なんで、突進してこねぇんだ」
ガイルを乗せた怪物が、虚空で必死に羽ばたいている。身動きが取れないのか、もがいているようにも見えた。よく見れば、いくつもの影が怪物もろともガイルを縛っていた。
「おのれ、そこいいたのかギルバート! 正々堂々と勝負せい!」
ガイルが喚く。
ギルバートは溜め息を吐いていた。
「勝負をする気はない」
「小癪な。逃げると言うのか、卑怯者め!」
「逃げはしない。だが、話がある」
「愚か者め、呪われし血族の話など聞く気も起こらぬ!」
ギルバートは片手で頭を押さえた。
「……お前たちに賢明な判断を求めた俺が馬鹿だった」
「無礼にもほどがあるぞ!」
ガイルの顔が夜目で分かるほどに紅潮する。
そこへ、ウルスラが語りかける。
「私たちの話を聞いてほしい。このままでは、ドラグーン・シティがエイベル王子に滅ぼされる」
ガイルが両目を釣り上げた。
「エイベル!? あのナトュール国を滅ぼした悪魔か。呪われし血族の末弟め! そやつが来るのか」
ウルスラが頷く。
「エイベルは強力だ。私たちでは勝てない。ギルバート王子がいなければ、あっけなく殺されるだろう。幸いな事に、彼は味方をしてくれる」
「いつ俺が味方に?」
「ギルバート王子は強く、聡明だ。今もガイル殿を捕えるだけで殺しはしない。これは、私たちに協力してくれる事の表れだ。考えてみてほしい。もし、ギルバート王子がガイル殿を殺すつもりなら、影の力で動きを封じるのではなく、串刺しにすればよかった」
ギルバートは眉をひそめるが、ウルスラは自信満々に言っていた。
「彼の力なくして、エイベル王子には勝てない。昔の怨恨はあるだろうが、今は水に流してほしい」
「……わかった。信じよう」
返事は、青年がした。怪物を操り、ゆっくりと地面に降りた。
影から解放され、ガイルが両目を見開いた。
「アレク様、本当によろしいのですか!?」
「ウルスラさんが嘘を言うはずがない」
アレクの目はまっすぐにギルバートへ歩み寄る。
ギルバートの口元がひきつる。
「お前たちは騙されている」
「ギルバート、おまえの罪は忘れない。しかし、ドラグーン・シティを守ってくれるなら頼もしい」
「……俺はエイベルを連れて逃げるだけだ」
アレクは首を横に振る。
「ウルスラさんを嘘つきにはしない」
アレクが近づくたびに、ギルバートは後ずさっていた。
ギルバートの背中に、フローラの手が触れる。その瞳は潤んでいた。
「私も連れていってくださいね」
「頭痛が治らなくなるだろう」
「構いません。あなたとなら、死んでもいい気がします」
「俺まで殺すな」
苦い表情のギルバートから視線を送られて、スバルは困惑した。
「どっから突っ込めばいいんだ?」




