57.複雑な気持ち
陽が傾いていた。太陽が西に沈むのも時間の問題だろう。赤い光が辺りを鮮やかに照らしていた。
その光に向かうように、大空を黒い巨鳥が飛翔している。大気を切って飛ぶ様子は、巨大な疾風を思わせる。
巨鳥の上には、八人が乗っていた。一人を除いて全員が緊張した面持ちだった。
話題を切り出す人物は決まっている。巨鳥の後方にいる、茶髪の女性だ。
「すごくいい景色ですね!」
フローラが歓声をあげて身を乗り出す。二十代半ばだが、少女のようにはしゃいでいた。遥か上空から見下ろす大地は、吸い込まれそうなほどに美しく、壮大だ。感嘆の声が出るのも分からなくはない。
しかし、巨鳥の前方にいるギルバートが冷淡な口調でたしなめる。
「はしゃぐな、落ちるぞ」
最もな指摘であったが、フローラの興奮は簡単には冷めない。
「そんな事を言わずに、わいわいと楽しみませんか?」
「これから戦闘になるのに、何を楽しむ?」
「この素晴らしい景色です!」
フローラが両手を広げて歌い出す。よほど気分がいいようだ。
真ん中あたりから笑いが沸く。ウルスラと、その仲間たちだった。
「フローラはご機嫌だな。スバルも見習ったらどうだ?」
ウルスラに声を掛けられるが、スバルは黙っていた。腕を組み、考え事をしているように見える。
ウルスラが小さな溜め息を吐く。その笑顔は寂しそうであった。
「……やはり、許してはくれないか。私がおまえの仲間を殺してしまった事を」
ウルスラとスバルは姉弟でありながら、確執がある。その話題に触れるたびに沈黙が走る。一度や二度ではなかった。
見かねたのか、ギルバートが口を開く。
「スバル、言いたい事はなんだ?」
「……確信はねぇし、行き過ぎた事を言うかもしれないが、いいか?」
ギルバートが頷く。
スバルはためらいがちに言葉をつむぐ。
「結論から言うと、ギルバート王子は、エイベルと対峙しない方がいいかもしれねぇ」
「ほう……」
ギルバートにも思い当たる節があるのか、表情が変わらない。
「続けろ」
「国王側の行動がおかしいんだ、いろいろと。あんたの部下が何人もエイベルに殺されていたり、反乱軍のリーダーのウルスラと戦う時に手伝いがなかったり。聞いた話によると、国王側と反乱側が仲良くするはずのパーティーもめちゃくちゃにされたんだってな。その、なんつうか……」
スバルは一旦口を閉じ、唾を飲み込んだ。ギルバートが視線で促さなかったら、ずっと黙っていたかもしれない。
スバルは意を決したように口を開く。
「ギルバート王子の反逆が、誘発されてねぇか?」
ウルスラの仲間たちが息を呑んだ。
フルーラが頭を押さえてうずくまる。
「ぎる……う、頭が……」
ウルスラが何度もフローラの背中をさする。
スバルはお構いなしに、続ける。
「俺は反逆を表明したから、エイベルと戦う。けどよ、あんたは何も言わずにどっか行った方がいいかもな。たぶん、あんたの反逆を手ぐすね引いて待ち構えている。理由は分からねぇが」
ギルバートは口の端を上げるが、目元は笑っていなかった。
「俺も同じ事を考えていた。国王たちは、どういうわけか俺の反逆を仕組んでいる。だが、引けると思うか?」
スバルは首を横に振った。
「理由なく部下が殺されたし、その……恋人のこともあるしな。黙って従ったり、引き下がったら都合よく利用されるだろうな」
「恋人がいるのですか!?」
フローラが割って入る。
「い、いったい誰ですか? どんな女性ですか!?」
「ややこしいから口を挟むんじゃねぇ!」
スバルが眼を飛ばすが、フローラは一瞬だけ肩をすくめるだけだ。ギルバートに詰めよる。
「あ、あの。初対面だし失礼かもしれませんが、好みの女性はどんな人ですか?」
「……おまえは知らなくていい」
「私ではダメですか!?」
ギルバートは視線をそらす。
フローラは目に涙を浮かべる。悔しそうだ。
「お、おかしいですよね。あなたとは初対面なのに初めて会った気がしません。でも、何も思い出せなくて……」
「思い出さなくていい。おまえは、俺を知らない。それでいい」
ギルバートの言葉に、フローラは目を見開いた。
「その言い方だと、あなたは私を知っているのですか? 答えてください。いつ、どこで、私たちは知り合ったのですか? 私には五年前から十年前の記憶がありません。思い出したいのに、思い出せないのです。あなたはきっと、大切な事を知っています」
「思い出したところで何ができる? おまえは無力なただの娘だ」
ギルバートの口調は冷徹だった。
フローラは涙を流す。
「迷惑でしたか……」
その後、フローラは黙ってしまった。
スバルの気持ちは複雑だった。フローラは邪悪な魔力により、ギルバートの記憶を封印されている。彼女の記憶が封印されている間に、ギルバートは多くの殺人を行っている。軍隊を率いる者なら当たり前であるかもしれないが、果たして彼女が受け入れられるだろうか。
空は鮮血と漆黒が入り混じったかのような色をしていた。闇が降りるのはもうすぐだ。
同時に、ドラグーン・シティ到着も間近であった。




