挿入話1:メーアとの再開
スバル達がドラグーン・シティに向かっている頃。
ゲベート王都の地下室の番人たちがひそひそ声で会話をしていた。
「エイベル王子が出陣するらしい」
「あのナトュール国を一人で滅ぼした御方か?」
「そうだ。ほんの小さな子供らしいが」
「恐ろしいな……」
番人たちは震え上がった。
その会話を聞いていたのか、足音が急激に近づいてきた。歩いてきたのは、白銀の鎧に身を包んだ騎士だった。
「無駄な会話を慎め。王族の名を軽々しく口にするな」
「も、申し訳ありませんでした!」
番人たちが丁寧に頭を下げるのを見て、騎士は満足そうに鼻を鳴らした。
「王族は丁重に扱うべきだ。そうだよなぁ、シュネー」
騎士の視線の先には、少女が立っていた。肩まで銀髪を伸ばした、華奢な女の子だ。整った顔立ちは気品を感じさせる。しかし、その頭には異物が生えていた。毛に覆われた、尖った耳だ。猫の耳に酷似していた。
「……王族を丁重に扱うなら、私を呼び捨てにしないで。私はナトュール国の第二王女よ」
「存在しない国の王族なんて誰が認めるか! 化け猫はおとなしくしていろ。さっさと歩け!」
騎士の心ない言葉に、シュネーは唇を噛んだ。彼女の周りには、彼女を守るべき近衛兵がいない。ナトュール国が攻め滅ぼされた時に全滅してしまったのだ。
騎士が勝ち誇った笑みを浮かべる。
「地下室にはゴミどもが住んでいる。おまえも仲間入りだ」
そう言って、シュネーの腕を乱暴に引っ張った。シュネーは踏ん張ろうとしたが、体力がほとんど残っていなかった。あまりにも簡単に地下室へと引っ張られる。暗闇が広がっていた。
騎士が怒鳴る。
「おい、番人! さっさと仕事をしろ。化け猫を閉じ込めろ!」
番人たちは慌ててシュネーの脇を抱える。そして、牢屋に押しやる。冷たい床と壁しかない無残な一角だった。
「ごめんな……」
「こうしないと、おいらが殺されるんだ」
シュネーは頷いた。
「分かっている。あなた達は悪くない」
「綺麗事を言ってる暇があったら命乞いをしたらどうだ? ペットになるなら、三日くらい生かしてもいいが?」
騎士はシュネーに睨まれて、高らかに笑っていた。
笑い声を響かせながら、騎士が去る。番人たちは申し訳無さそうに一礼して、入り口へと戻っていった。
シュネーは深い溜め息を吐いた。頬には一筋の涙がつたう。
「……ごめんね。私、ダメかも」
「いいえ、そんな事はないわ。ナトュール国の王女として、毅然と振る舞っていた」
突然、優しい声が聞こえた。
シュネーは飛び起きて、辺りを見渡す。周りには床と壁と鉄格子しかない。しかし、間違いなく声は聞こえていた。
「メーア姉さん! どこ!? どこにいるの!?」
シュネーは必死になって声の主を探した。ナトュール国の第一王女であり、今となっては唯一の肉親となった姉。
ふと、鉄格子の外から水が滴り落ちる音がした。入り口とは反対の方向から聞こえた。
シュネーは鉄格子から顔を出した。暗闇に目が慣れると、巨大な水槽が見えた。
その中に、人魚がいた。長い銀髪が水中に揺らめき、異様な美しさを醸しだしていた。
「メーア姉さん!」
シュネーに呼ばれて、メーアは微笑んだ。顔だけ水中から出して、息苦しそうに言葉をつむぐ。
「ごめんなさい。水の中でないと息ができないの。でも、あなたとお話ができて本当に良かった」
言い終わると、水中に戻る。
人魚にされてしまった姉は、美しいが儚げである。
シュネーは涙を拭った。
「本当に良かった。二度と会えないと思った。でも、これからどうしよう」
メーアが再び水中から顔を出す。
「待ちましょう。きっと、助けがくる」
「誰が助けてくれるの?」
「許嫁だった人に語りかけてみます」
「ギルバート王子に!? どうやって?」
「水の力を使って、語りかけてみる。彼ならきっと気づくはず」
メーアは、水中から顔を出しては沈むのを繰り返していた。
「私はもう長くない。でも、あなただけは助けてもらえるようにするわ」




