55.救われない事実
黒衣の男――ギルバート――の表情は険しかった。笑みはなく、黒い瞳は果てしない闇を思わせる。
風を制御して、ゆっくりと地面に降りる。
「エイベル、おまえこそ何故ここにいる?」
「それは……反逆者がいたからだよ! ウルスラとつるむ、凶悪な反逆者が!」
言いながら、エイベルはスバルへと視線を移す。その瞳は恐れのためか、揺れていた。
スバルはきっぱりと言い放つ。
「つるんでねぇよ。エイベル王子から理由なく死ねと言われたんでキレたんだ」
ギルバートは額に手を当てて溜め息を吐く。
「エイベル、おまえの口から説明できる事はあるか?」
「……」
エイベルは口を閉ざした。目に涙を浮かべて、首を横に振る。
冷たい風が吹いた。村人たちは事の成り行きを固唾を呑んで見守っていた。
ギルバートはしゃがんで目線を合わせ、エイベルの腕に手をあてる。スバルに斬りつけられたのだが、見る間に傷口は塞がっていった。
「ソーラー国王から俺の部下を殺すように言われたのか?」
「……違うよ」
エイベルは両目を見開いた。
「ギル兄が悪いんだ! みんなから疑われるような事をするから。お父様はカンカンだ。なんで勝手な事ばかりするの!?」
「命令に背いた事はない。遅れる事はあるが」
「嘘だ! みんな言ってるよ。ギル兄はいつかゲベート国を裏切るって。国家を危うくするって。ギル兄はみんなのために全力を出してないんでしょ!?」
「部下の足止めをされては任務遂行もままならない」
感情をあらわにするエイベルに対して、ギルバートは淡々としていた。
「まずは、俺の部下に危害を加える事をやめてほしい」
「危害? 当然の報いを受けているだけじゃないか!」
エイベルはギルバートの手をはねのけて、両手を広げた。
「僕はお父様が守るべきゲベート国を第一に考えているんだ。それなのに、ギル兄はいざって時は自分が国を治めればいいとか考えているんでしょ?」
「……俺に王族の資格はない」
「嘘だね! スバルの行動を見れば分かるよ。お父様に言いつけると言ったけど、僕の命令に従わなかったんだ。絶対に悪い事を企んでいる。それなのに、ギル兄はスバルに罰を与えようとしていない」
エイベルは声を震わせていた。焦りがにじみ出ていた。うつむいて、目元を押さえる。
「お願いだ、ギル兄。僕に不安を与えないで。このままだと、僕がギル兄を殺さないといけなくなるんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
スバルが口を挟む。
「事情がさっぱり呑み込めねぇ。ギルバート王子が裏切るとか何の話だ? それこそ、反乱軍が流した罠じゃねぇのか?」
「……ギル兄はゲベート国に嫌気がさしてるってお父様が言ってた。理由は教えてくれなかったけど。ギル兄が裏切れない状況を作らないといけないんだ」
エイベルは顔を上げて、スバルを指さす。
「そのために、君を初めとするギル兄の強力な部下には死んでほしいんだ。最悪の事態になっても……ギル兄が裏切っても大した事ができないように」
「……は?」
スバルは両目を丸くした。頭が真っ白になる。
そこへ、今まで沈黙していた大柄な男が口を開く。ウルスラの仲間の一人だ。
「弟様、少し考えてほしいのです。あなたはウルスラ様に仲間を殺されたと思い、姉弟の絆を捨てて刃を向けてきました。しかし、ウルスラ様はあなたを取り戻す事を第一に、あなたを救いにきました。そんな人がすき好んで弟様の仲間の命を奪うと思いますか?」
スバルはクロードと戦って負傷した時に、ウルスラに助けられた事を思い出していた。
ウルスラが首を横に振る。
「望んだ戦いではなかったが、スバルの仲間と戦い、命を奪ったのは事実だ。言い訳をするつもりはない」
「しかしウルスラ様、あなたが殺してしまったのは三人です! 多くは俺達に戦意がないことを理解して報告に帰ってくれました。それなのに、まるで俺達が虐殺したかのようなデマが流されているのですよ!?」
「スバルにとっては重大だ。たったの三人ではない。心に深い傷を負っただろう。私達と同じように」
ウルスラの口調はわずかに震えていた。
スバルは全身から血の気が引くのを感じていた。双剣の魔女ウルスラ、その名前を聞くだけで戦慄していた日々。憎しみに身を焦がして戦いに明け暮れた。反乱軍を根絶やしにすれば戦いが終わり、死んだ仲間への弔いになると信じていた。反乱軍のリーダーであるウルスラを仕留めるのが、第一の使命だと考えていた。
しかし、スバルは聞いてしまった。
スバルの仲間の多くを殺したのはウルスラではない、と。
「マジかよ……」
スバルの呟きに、ギルバートが苦渋の表情を浮かべる。
「俺がもっと早く気付くべきだったな」
スバルの身体は無意識に動いた。大地を蹴り、剣を振る。回り込んで、エイベルの首をはねようとしていた。一連の動作に無駄はなく、一瞬で終わるはずだった。
しかし、阻まれた。エイベルの影が浮き上がり、スバルの剣を絡めとっていた。そして、剣を地面へと縫い付ける。ギルバートの魔力によるものだろう。
「なんでだ!? こいつに守る価値なんてあるのか!?」
スバルがわめく。顔を真っ赤にして、瞳をぎらつかせていた。エイベルを睨みつけて、全身を震わせている。
ギルバートは小さな溜め息を吐いた。
「気持ちは分かるが、エイベルを倒したところで好転はしない。黒幕が誰か考えろ」
「黒幕はソーラーだろうが、手をくだしたのはこいつか、その部下だろ!?」
スバルの発言にエイベルも、ギルバートも青ざめた。
「国王を呼び捨てにするな!」
「俺はソーラーを国王とは認めねぇ。国を無茶苦茶にしているだけじゃねぇか」
スバルの脳裏には、雨の中で絶命した仲間がよぎった。最期まで誰も傷つかない事を望んでいた。国王軍が救助にあたっていれば助かったかもしれなかった。
「人が命懸けて戦ったのに、手助けも弔いもなかったぜ。そのくせ反乱をまともに抑える気がないんだろ。やってられっか!」
エイベルが歯を食いしばる。何度も、何度も首を横に振っていた。
やがて、震える声で言葉を紡ぐ。
「スバルはもう救えない。ギル兄、処刑の日取りが決まったら教えてね。それと、ドラグーン・シティは僕に任せて。ギル兄に任せるときっと遅れちゃうから」
エイベルが人語を介さない言葉を発したかと思うと、一瞬にして姿を消した。空間転移をしたのだろう。
あとには地面が崩壊したレーベン村が残されていた。




