53、分からない
薬草汁を飲み終えて、スバルは器を置いた。思わず、安堵の溜め息をこぼす。
「……調子が狂うぜ。双剣の魔女が目の前にいるってのに、何もできねぇ。念のために聞くが、なんで俺を生かしてるんだ?」
スバルの問いに、ウルスラは微笑んだ。
「愛する弟だから。それ以外の理由があるのか?」
「その弟を縛り上げたのは趣味か?」
「暴れたら困ると思った。おまえは恐ろしい剣士だからな」
ウルスラの返答に、スバルは苦笑した。
「随分と評価されたもんだぜ」
「双剣の魔女という異名も、随分なものだと思うが?」
ウルスラは笑った。
しかし、スバルの目付きは険しいままだ。
「ピッタリじゃねぇか。人殺しの魔女が」
「人殺しはおまえだ!」
ひょろ長い男がスバルを指さす。ウルスラの仲間の一人だ。頬はこけているが、鋭い剣幕だ。
「ウルスラ様は仕方なく戦っていただけだ。おまえは何も分かっていない!」
「よせ。言っても無駄だ」
「ウルスラ様、しかし……!」
ひょろ長い男はもの言いたげであったが、ウルスラにたしなめられ、無言になる。時折床を殴っては、嗚咽をもらしていた。
ウルスラは立ち上がって、剣を振りかぶる。殺気はない。悲しそうな瞳をしている。
「人を縛るのは趣味ではない。ましてや、弟が相手ではな」
剣が鞘に収まる。スバルを縛っていた縄が切り裂かれていた。
「あんた……馬鹿か?」
「馬鹿と言われても、これが姉の行動というものだ。今の私は隙だらけだ。殺せるものなら殺すがいい」
スバルは両目を丸くして、両手をまじまじと見つめた。試しに指や手首や腕を動かすが、不自由はない。上半身は丁寧に包帯が巻いてある。本気で手当てしてもらえたのだろう。恐る恐る肩を上げてみる。痛みは走るが、動かせない事はなかった。
「本当に助けてくれたのか……」
スバルは逡巡した。ウルスラは長い間、仲間の仇として恨んでいた。しかし、命を救われた。
「目的はなんだ?」
ウルスラが答えるはずはないとスバルは思った。しかし、聞かずにはいられなかった。
ウルスラは穏やかに笑う。
「おまえを取り戻したい。それだけだ」
「俺を取り戻す……?」
何を言いたいんだ?
そう聞こうとした時に、異変が起こる。
柱が突然切り裂かれた。
事態を理解する暇はない。村娘が悲鳴をあげた。丸太小屋が崩れ落ちるのは時間の問題だ。
天井が急速に近づいてくる。このままでは潰される。スバルも、素手ではどうしようもない。
ウルスラはスバルに剣を渡す。その剣でウルスラの首を斬ることもできただろう。しかし、身体は違う方に動いていた。
天井を斜めに斬る、斬る、斬る。
全員が、隙間を使って圧死を免れた。一か所に集まっていたのが幸いだった。丸太小屋付近は危険だと判断して、距離を取る。
「経年劣化ではなさそうじゃのう」
ガラクタになった丸太小屋を見つめながら、老人が呟いた。
ウルスラは頷く。
「おそらく、魔力によるものだ。北の森から術者の気配を感じる、いや、村に来た」
「あんた、何を言って……!?」
スバルは背筋に悪寒を感じた。理由は分からないが、身体が勝手に左へ跳んでいた。
スバルの右、つまり先ほどまでスバルのいた地面が、ぱっくりと削られていた。透明な巨大な刃物が通り過ぎたのだろうか。
考える暇はなかった。
その後も悪寒は続き、咄嗟に避ける。地面や草が削られ続ける。わけのわからない攻撃は続く。
ウルスラはせわしなく首を回しては、あっちだ、いやそっちに回ったと言い続ける。術者の場所を特定できないのだろうか。
しかし、術者は業を煮やしたようだ。
「なんで僕の場所が分かる!? スバルは素直に死んでくれないし!」
声のする方を見れば、そこには金髪碧眼の少年がいた。腕を組み、頬を膨らませ、不機嫌そうだった。白い軍服を着た少年は、高貴な身分なのだろう。
スバルの声が裏返る。
「エイベル王子!? 何してんですか!」
「君に死んでほしいんだよ、分かるだろ!」
エイベルは声を荒げた。
スバルはエイベルの意図が全くわからなかった。




