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残酷な俺の仕事  作者: 今晩葉ミチル
幼い王子
55/91

52、落ち着きなさい

 スバルは重いまぶたを開けた。木の板がはめこまれた天井が目に入った。丸太小屋にいるようだ。灰と薬草の匂いが充満している。

 起き上がろうとするが、全身が思うように動かない。血が足りないのだろうか。

 隣に人の気配を感じる。目線だけで確認すると、ウルスラがいた。


「目が覚めたか」


 片膝を立てた状態で座っていた。スバルが攻撃してこないと確信しているのか、緊張感の欠片もない。

 もはや敵とすら認識されていないようだ。ウルスラの穏やかな笑みは、スバルの神経を逆撫でした。

「おかげさまで、最悪の目覚めだ」

 敵意を隠さずに、ウルスラを睨みつける。しかし、一笑に付されてしまう。

「それはよかった。生きていれば気分良く目覚める日もくるだろう」

「……てめぇはここで眠らせてやる。一生な」

 スバルは再び起き上がろうと、木の床に肘を立てようとする。その時になって、妙に身体が不自由なのに気づく。スバルは手首と足首を縄で縛られていた。

「てめぇ……!」

「大の男二人に、いつまでも押さえつけられるよりはマシだろう」

 ウルスラは微笑んだ。

 スバルの意識が急激に覚醒する。上半身に包帯が巻かれている事が分かった。

 これまでの事を思い出す。スバルはクロードを倒した後で、ウルスラたちにやられたのだ。挙句に、いいように扱われている。王族直下の特殊部隊として、自分に対して怒りと情けなさがこみ上げてくる。不意を打たれたのは理由にならない。

「クソが……!」

 縄抜けをしようと試みるが、うまくいかない。結び目も巧妙に隠されている。

 大柄な男が声を掛けてくる。ウルスラの仲間だ。

「弟様、どうか安静にしてください。傷口が開いてしまいます」

「うるせぇ!」

「……どうか、少し冷静になってください」


 男の雰囲気が豹変した。眼光を鋭く光らせて、冷気を漂わせている。


「俺たちはその気になれば、あなたに何でもできました。その手足を切断したり、薬や道具で嬲る事もできました。あなたは今、恐ろしく弱い立場にいます」

 スバルは言い返す事ができなかった。

 大柄な男は、手足を縛られた相手を油断なく観察している。付け入る隙がない。

「俺たちはあなたに多くの仲間を殺されています。耐え難い苦痛でした。本当は同程度の苦痛を与えたいのです。しかし、何故それをしなかったのだと思いますか? よく考えてください」

 言いながら、ウルスラに視線を移している。

 スバルは全身の震えと歯ぎしりが止まらなかった。怒りや恐怖ではない。反乱軍を相手に、決して抱いてはいけない感情だ。


 もしかして、ウルスラに助けられたのか?

 

 そんな言葉が脳裏をよぎる。幼い頃の記憶が、実の姉との思い出が、蘇ってくる。両親の笑顔に見守られながら、追いかけっこや木の実刈りに行ったりした。

「違う……」

 スバルは首を横に振る。しかし、記憶や思い出はどんどん鮮明になる。野盗に襲われて村が滅ぼされた日、両親が殺された日、自分は何を思ったのか。野盗に捕まった瞬間の、姉の悲鳴は耳にこびりついている。

 

 野盗に襲われるまでは、幸せだったのでは?

 

「違う……! ウルスラ、俺はてめぇを憎んでいる。てめぇがどう思うか知らねぇが、俺はそれなりに楽しかったぜ。てめぇが台無しにしなければな!」

 スバルは必死で言葉を紡ぐ。

「てめぇは俺の仲間をたくさん殺した。だから、てめぇの仲間もぜってぇ殺してやる! 血のつながりなんざ犬にでも食わせてやる!」

 ウルスラは反乱軍のリーダーとして、スバルの仲間を殺した魔女だ。敵同士だ。殺さなければならない。そのために、王族直下特殊部隊として血と戦闘に明け暮れる毎日を選んだ。そのはずだ。


 スバルは肩で息をする。呼吸と感情が乱れている。


 しかし、ウルスラは優しく微笑むだけだった。


 大柄な男の視線が変わる。憐れんでいるのが分かる。ゆっくりと口を開く。

「本当の仲間なら、あなたが傷つく姿など見たくないはずです」

「うるせぇえええええ!」

 スバルは絶叫した。王族直下特殊部隊になった直後は、多くの人間をその手に掛けてきた。罪のない人間も殺めてきた。手当したのが、反乱兵であると分からなかっただけの人もいた。そんな人も血祭りにあげた。その事に全く疑問を抱かなかったわけではない。

 しかし、スバルは戦うしかなかった。死んだ仲間は、国を良くする事を望んでいた。そのためには反乱などあってはならない。反乱軍は潰すしかない。

「俺が戦う原因を作ったのは、てめぇらだろうが!」

 激昂するスバルに、ウルスラは口の端を上げた。

「王族直下特殊部隊が感情を顕にしていいとは思えないな。もう少し冷静になったらどうだ?」

「てめぇに言われる筋合いはねぇ!」

「女の子が怯えているぞ。おまえのために食事を作ったのに」

 スバルはハッとして、ウルスラの指差す方を見た。村娘と老人が、薬草汁を器に盛っていた。


 老人がクックックッと笑う。馬鹿にしているのではなく、心底おかしいのだろう。


「少しは落ち着きなさい」


 老人の口調は穏やかで、優しい。

「儂も躍起になって戦った日々があった。国のため、仲間のため、家族のため……戦いはいつか終わる。そう信じたものだ。しかし、反乱は収まるどころか苛烈になっていったのぉ」

 老人は遠い所を見ているようだ。語りは続く。

「一時期、ギルバート王子のおかげで反乱は収まりかけたが再燃してしまった。それはギルバート王子のせいではないのかもしれないが……」

 老人は、村娘に器を運ぶように促す。スバルは不自由な両手でなんとか器を受け取った。

 老人はニヤリと笑う。

「スバルといったな。自らギルバート王子直下の特殊部隊になったのだろう? 彼の直属の部下であるなら、彼が判断を誤らないように取り計らうのが最高の任務ではないのか?」

「……まあな。他の王族に付く気がしなかったのもあるが、ギルバート王子にわざわざ邪魔をいれたいとは考えねぇな」

「そのギルバート王子に恥をかかせたくはないだろう。直属の部下も品位に気をつけるべきだと思うぞ。百歩譲って口調に目をつぶるとしても」

 スバルは耳まで顔を赤くした。危うく器を取り落としそうになったが、こらえた。

 薬草汁をすする。温かくて、美味しかった。

「……感謝するぜ。ウルスラたちは許せねぇけど」

「まったく、素直じゃないのぅ」

 老人は愉快そうに笑っていた。

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