挿入話1:王家の会話
ゲベート国の王城の周りには、いくつもの塔が建っている。王城の後ろに位置するものがもっとも高い。
その最上階に、王家を初めとしたごく僅かな人間が入室を許される部屋がある。通常なら国王が休憩を取ったりお気に入りの人間と団らんを楽しむ場であるが、今は様子が違う。
国王がガウンを羽織って上等なワインに口を付けるのはいつも通りだ。
しかし、表情が険しい。
ライオンのたてがみを思わせるような金髪が逆立っている。時折うなっては、すぐにグラスを空にした。
グラスにワインを注ぐ王子の手も、少しばかりこわばっていた。中性的な声でやんわりとたしなめる。
「あまりに飲みすぎますと、お身体に毒ですよ」
「これが飲まずにいられるか! 騎士を五人も使って、手負いの相手を倒せないなど。ルシフェル、おまえならそんなヘマはやらないな」
ルシフェルと呼ばれた王子は苦笑した。
「私の手勢でも、あの男を倒せる者がいるかどうか……ソーラー国王、エイベルはまだ経験が足りません。あまり責めては可哀想かと」
ルシフェルは、青ざめた表情で立ち尽くす弟に視線を移す。弟が着る白い軍服は高貴さを漂わせるが、幼さを隠せないでいた。
そんな幼い王子を、ソーラーは容赦なく睨みつけていた。
「おまえがギルバートと仲が良いのは分かっている。しかし、あの男は儂に逆らい、国を危うくさせる愚か者だ。早急に手を打たねばならないのは分かっているな? エイベル?」
「う、うん」
エイベルは震えながら頷いた。
「ギル兄の裏切りは必ず止めるよ。絶対に」
「儂らは王城を守るという最も重要な役目がある。ギルバートの事はおまえに一任しておるのだ。さっさと片を付けろ」
「それをエイベルに任せるのは無謀と呼ばないかね?」
突然、エイベルの口調が変わった。声はそのままだが、怯える様子が消えていた。青い両目は虚ろで、何も映していない。
ルシフェルが溜め息を吐く。
「レイブン、またエイベルを操って……言いたい事があれば直接出向くように言っておいたでしょう」
「私がわざわざ危険を冒すと思うか? 忠告が伝わるならそれでいいだろう。手短にすまそう。長居は嫌いなのでね」
エイベルの身体を借りてレイブンは笑うが、凍てついた空気は溶けない。
その様子を悟ってか、レイブンは笑うのをやめた。
「端的に話そう。ギルバートは私たちを簡単に裏切る事はできない。もし裏切るなら、その理由を胸に手を当てて考えるべきだ」
「レイブン、この儂に意見するのか!」
ソーラーはグラスを投げつける。
レイブンは首を傾け、最小限の動きでかわした。
「これはエイベルの身体だ。傷つけては可哀想だろう」
「ならばさっさと去れ! 目障りだ!」
烈火のように怒号を飛ばすソーラーを相手に、レイブンは不適に笑う。
「おまえの世話をするルシフェルも大変だな」
「レイブン、ソーラー国王を侮辱する事は許しませんよ」
「侮辱のつもりはなかったのだがな。まあ、私はお暇しよう」
エイベルの身体はその場に崩れ落ちる。レイブンが去ったのだろう。
しばらくして、エイベルがうめく。
「僕はどうして倒れたんだ」
「悪い魔物にとりつかれていたのでしょう。ソーラー国王が追い払ったから大丈夫ですよ」
「そうなんだ! ありがとう、お父様」
素直すぎる弟の反応に、ルシフェルは複雑な表情を浮かべた。
エイベルの瞳は輝いていた。
「こうしちゃいられない。早く手を打たないと。ギル兄、ちゃんと仕事しているかな」
エイベルは目を閉じる。意識を集中させて、ギルバートの居場所を探す。人間はそれぞれ特有の魂を持っている。エイベルを含めて王家の人間はその魂を感じ取って、相手の居場所に見当をつける事ができる。特にエイベルは空間把握の能力に長けていた。おびただしい数の魂がどこにいるのか分かるのだ。
ギルバートの魂を探し当てた。ナトュール国だ。そこは、最近エイベルが滅ぼした国であった。
エイベルは首を傾げる。その傍に、ウルスラの魂は感じられない。
「ウルスラを倒す事はできたのかな……?」
エイベルは死者の位置は分からない。念のためにウルスラの魂も探す。そこで、驚くべき事が分かった。
「ウルスラは生きてる!? ギル兄、何やってるんだよ!」
エイベルは呪文を唱える。一瞬にしてエイベルは姿を消した。空間転移にて、ナトュール国へ行ったのだ。
あとには飲みすぎて頭を押さえるソーラーと、その手当てをするルシフェルが残されていた。




