50.双剣の魔女再び
腕に槍が刺さり、騎士は悲鳴をあげた。その隙に老人は、ようやく鍬を騎士の腕にぶつける事ができた。
しかし、騎士は決してシュネーを放さない。槍を引き抜き、老人へとぶつけた。
「ぐはっ」
突然の衝撃に耐えきれずに、老人は地面に倒れる。その上を、騎士の馬が軽々と飛び越えていた。騎士は血まみれの腕でシュネーを抱えたまま、馬を走らせていた。
スバルは槍を拾い、再び投げる。今度は馬の足を狙った。走る事を優先させた馬なのだろう。重厚な鎧を身に着けていない。槍が突き刺さればひとたまりもないはずだ。
しかし、槍は騎士の足に刺さった。騎士の足が馬をかばったのだ。
スバルの背筋に冷たい汗が伝う。
「なんでそんなに……!?」
「君こそ何を考えているのかな? 化け猫なんかのために」
クロードが槍を突き出す。彼の声も表情も歓喜に満ちている。
村人たちは諦めずに馬を食い止めようと群がるが、もう一騎の馬に蹴飛ばされる。スバルもシュネーをさらう騎士を追いかけようとするが、クロードに阻まれる。
シュネーは騎士の腕から逃れようともがく。爪をたてて騎士を引っ掻き、噛みつく。時には奇声をあげる。そして、大声で叫ぶ。
「私はギルバート王子の部下よ! こんな扱いをしてもいいの!?」
「化け猫の戯言なんか聞かなくていい!」
クロードは声をあげて笑っていた。シュネーを抱える騎士は表情を変えていなかった。
シュネーはどんどん遠くなっていく。村人が数人起き上がって小石を投げるが、騎士に命中しても、乾いた音を立てるだけだった。そして、見えなくなった。
スバルが舌打ちする。いつもよりドスの利いた声でクロードを威圧する。
「てめぇ何のつもりだ。あいつがギルバート王子の部下になったのは本当だぜ」
「ああ、ごめんごめん。エイベル様から言われたんだ。化け猫がいたら連れてこい。それと、スバルに伝言があるんだ」
「伝言……?」
スバルが眉根を寄せる。クロードはニヤついていた。
「生き残りたかったら部下になれ、だってさ。エイベル様は君を高く評価している。でも、部下にならないなら殺していいって」
「は? 分かるように話せよ」
「僕からは以上。部下になると言わなかった時点で、君が死ぬのは確定だ」
クロードが槍を振りかぶる。容赦のない槍の一撃が、スバルの右腕に突き刺さる。
「ぐっ……」
スバルは眩暈を感じていた。左肩からも血を流し、止める暇がなかった。少しでも気を抜けば、意識を失うだろう。しかし意識をつなげば激痛が全身をかけめぐる。頭を使った戦闘はできない。
槍が引き抜かれる。今度は馬の足が来るのが分かった。分かってはいた。しかし、身体が思うように動く事はできなかった。
スバルの身体は蹴飛ばされて、地面へと転がる。青ざめた表情でクロードを睨みつけても、クロードには物笑いの種でしかない。
「終わりだね!」
再び槍が迫る。
その時、怒号が響き渡った。
「諦めるな! おまえは必ず助けてやる!」
黒髪の女が走っていた。双剣を引き抜き、クロードへと斬りかかる。思わぬ伏兵の攻撃を、クロードはいなす。その間にスバルは起き上がった。
「諦めてもねぇし、助けを求めるつもりもねぇよ」
「そうか。弟におせっかいを焼くのは姉の定めだ。許せ」
「……気持ちわりぃ。ギルバート王子からうまく逃げたみてぇだが、いつまでも運が続くと思うな」
黒髪の女は口の端を上げる。
「運ではない。私はしぶとい」
「うるせぇ! すぐにでも殺してやるぜ」
言いながら、スバルは胸をなでおろしていた。ギルバートの手に掛かっていたら、憎しみのやり場をなくす所だった。
双剣の魔女ウルスラ。この女は仲間の仇だ。クロードをなんとかしたら、俺の手で殺してやる。




