4.駆け引き
ゲベート王都の貧民街は、都市部の人間には無法地帯として有名だ。誰かが治めているという発想を持たない人間が多い。
一方で、貧民街の住民は自分の生活を守る事で手いっぱいで、誰が上に立とうがどうでもいい。まともな交易が目的なら都市部の長と知り合う方が有効であるし、貧民街の長を知るメリットのある人間はほとんどいない。
ただし例外はいる。
一つはまともでない交易をしたい場合だ。違法な薬の取り引きや人身売買ができる地域は限られている。
もう一つは都市部から追い出された人間が、貧民街でのし上がる事を考えた場合だ。貧民街の長と協力関係になるにしろ、貧民街の長の立場を乗っ取るにしろ、知りたい情報になるだろう。
しかし、スバルの目的はそのいずれでもなかった。
「詳しい事は言えねぇが、どんな人間か気になるんだ。好奇心と言えばいいか?」
「好奇心だけで貧民街に? 若さのせいか、頭がおかしいのか……」
「うるせぇ! さっさと質問に答えろよ」
「あいにく僕の口から話す事はできない」
スバルは両の手のひらを上にして、露骨にヤレヤレと口にした。
「使えねぇ……」
「僕は君に使われる気はない。さあ、質問に返事をした。その女をこちらへ」
男はスバルの鼻先に長剣を突きつける。
スバルは長剣の切っ先を見るが、動じていなかった。
「答えてねぇだろ。話す事はできないと言ったが、知っているんだな?」
「……随分と勘がいいけど、知ってどうする?」
「好奇心だと言ったはずだぜ。俺の質問に答えろよ」
「……取り引きは決裂だ。これ以上は時間を使えない」
男は長剣を振りかぶった。凶刃は容赦なくスバルに襲い掛かる。避けようがない。
少女は悲鳴をあげて、両目を固くつぶった。スバルが斬られると思ったのだろう。
しかし凶刃は、スバルの両手に挟まれていた。
男は長剣を引き抜こうとするが、どんなに力を込めても囚われた刃を動かす事ができない。男の表情に動揺が浮かぶ。
そんな男を、スバルは蹴り飛ばした。
男は受け身を取って素早く体勢を立て直す。獣のような俊敏な動きだった。
スバルはヒューッと歓喜の口笛を鳴らす。久しぶりの強敵を相手に、血が煮えたぎった。
「やるじゃねえか!」
スバルは奪い取った長剣の柄を握り、男へと追撃をかける。目にも留まらない一閃は男の肩をかすめるが、致命傷には至らない。人間業とは思えないようなスピードで避けられたのだ。
男は肩をかばう様子もなく、スバルの懐に飛び込む。男が全体重を込めて殴打してくるのを、スバルは右横へと難なくかわす。勢いあまって転びかける男の背中に、スバルは肘鉄を食らわした。
男はうめいて地面へ倒れ伏す。しかし、次の瞬間にはスバルの脇腹へ蹴りをお見舞いしていた。男の身のこなしは超人的だ。
だが、スバルはタダで蹴りを食らったわけではない。
少女の左腕を掴んでいた、男の仲間を斬っていた。