46.馬上の騎士
夕暮れの下でいくつもの影が走る。一つは老人が予想したとおりの狼だった。獰猛な吠え声をあげながら、幾人も食い殺す牙を持つ。実際に彼は追手を何人も血祭りにあげてきた。
しかし今、狼は逃げていた。その目は恐怖に揺れ、時折振り返り、焦っているように見える。彼の後には銀の槍を握る馬上の騎士達がいた。人数は五人。いずれも二十代後半くらいの男性だ。
銀の槍は、狼を簡単に葬れる。その槍がいくつも狼を狙って追いかけているのだ。
狼は隠れる場所のない平原で、本能のままに走っていた。
彼の行く先には、故郷のレーベン村があった。助けを求めるためでなく、死に場所として選んでいた。
レーベン村は臨戦態勢に入っていた。鍬や鎌を持ち、構える。彼らは久しぶりの戦闘に高揚していた。
足音が近づく。敵が向かってきている。今か今かと待ち構える村人達は頼もしい。
そんな中で、溜め息をしながら小鎌を見つめる男性がいた。スバルだった。
「俺が戦う必要はあるのか?」
黒い服を着崩して何度もあくびをする姿は、やる気のなさしか感じられない。
老人がスバルの背中を叩いた。
「何を言うか。おまえが逃げる方が違和感あるわい。レーベン村のために狼退治じゃ」
「……暇を出されているんだ。ちったぁ休ませろ」
「暇などいらん。若いうちには苦労せい!」
老人は白い歯を見せてカッカッカッと笑った。スバルの溜め息は止まらなかった。
狼退治と息巻く村人達は、野生の獣よりもぎらついていた。
しかし、彼らの予想よりも遥かに恐ろしいもの達が近づいてきていた。銀の槍を持った馬上の騎士達だ。彼らは逃げる狼を代わりばんこに突っついて、あざけり、遊んでいた。
村人達がどよめきをあげる。狼は彼らの獲物でしかない事に、驚きを隠せないでいる。
やがて狼は村の入り口で倒れた。血まみれで、虫の息だ。
狼は消え入りそうな声で呟く。
「僕じゃない……僕じゃないんだ」
スバルには聞き覚えのある声だった。どこかで見た事がある。
じっと凝視したためだろう。狼と目があった。
狼が殺意を剥き出しにして両目を吊り上げた。
「おまえさえ……おまえさえ、いなければ。シュネーを捕まえたのに」
シュネーを?
スバルは眉をひそめた。シュネーはゲベート王都で出会った猫耳の少女だ。彼女を守るために、敵国の王女だとは知らずに、狼男と戦った記憶がある。
馬上の騎士達が、手負いの狼を囲んで、せせら笑う。
「あの男がどうしたんだ? 獣ふぜい」
「シュネーを逃がした面白い言い訳は思いついたか?」
狼は声を張り上げる。
「あの男が僕を追い払ったんだ。シュネーを逃がしたのはわざとじゃない!」
騎士達の視線を浴び、スバルは首を横に振る。何も知らないフリを決め込む。真実を知られれば、自分の身が危うい。
だが、スバルの思惑を外すように、騎士の一人が声を出す。
「スバルじゃないか! こんな所で何をしている?」
声を出したのは一段と顔の整った銀髪の男性だった。スバルは心臓が飛び出そうになった。彼の名前はクロード。スバルとほぼ同じ時期に王城に出入りするようになった。
クロードは琥珀色の瞳を細めて、口の端を上げる。
「君がシュネーを逃がしたという噂は本当かい?」




