43.威嚇
「……それがどうした」
ギルバートは努めて平静な口調を保っていた。能力を見抜かれて、圧倒的に不利だ。不利だからこそ、相手の動揺を誘わないといけない。弱みなど見せられない。
しかし、ルシフェルはギルバートの立場を見抜いたのか、笑っていた。
「魂を取られた時に、あなたは何ができるのですか?」
今度こそ、ギルバートは言葉を失った。
どれほど強力な能力を持っていても、魂がなくてはどうしようもない。ギルバートには防ぐ手段がない。
ルシフェルは言葉を続ける。
「あなたの魂を奪い、もっと従順な魂を入れてしまえば、同じ能力を持った従順な人間ができますね」
ルシフェルが語る間に、ギルバートは呪文を完成させていた。数本の黒い矢をルシフェルに向けて放っていた。抵抗する意思を伝えるための攻撃だ。
しかし、黒い矢は全て消滅する。ルシフェルも呪文を完成させていたのだろう。
ギルバートは観念したように、溜め息を吐いた。
「俺を操るならそうしてみろ。だが、その時はゲベート国を呪ってやる」
貴族の間でどよめきが沸いた。王子が祖国を呪うなど、あってはならない。
レイブンは反乱兵の口を借りて、呟く。
「ギルバートほどの魔導士はどんな抵抗をするか分からない。私なら、そんなリスクはまず冒さないな」
「それでは、どうするのですか?」
ルシフェルが尋ねると、レイブンは答える。
「要するに、ギルバートが私達に歯向かわなければいいのだろう。他に手段がなければ魂を奪うところだが、いい方法がある。ギルバートに防がれずに、ギルバートの足かせを作る方法がな」
ギルバートは周囲を見渡した。操られているだけの死体をどうこうしたって、術者には痛くもかゆくも無い。何かされる前に、術者を倒したい。
しかし、事態は進んでいた。
フローラが呟く。
「あ……の……」
彼女は震えていた。しゃがみこんで、嗚咽を漏らしている。
「ここは何ですか? こんなに人が死んでいるなんて」
フローラは涙を流していた。
ギルバートの顔面が蒼白になる。フローラの細い肩を掴んで、怒鳴る。
「分からないのか!? フローラ、ここで死んでいるのはおまえの仲間たちだ。あいつらに殺された!」
ギルバートは、周囲を囲む弓兵たちを睨んでいた。
フローラは首を横に振った。
「あなたは何を言っているのですか? 死んでしまった人たちは気の毒とは思いますが、知らない人ばかりです。そもそも、あなたは誰ですか? どうして私の名前を知っているのですか?」
ギルバートは両目を見開いた。
「俺が分からないのか?」
「どこかでお会いしましたか? ごめんなさい。分かりません」
フローラの声は細かった。心の底から申し訳なさそうだ。本当に今まで起こった事が、仲間の事が、そしてギルバートの事が分からないのだろう。記憶を奪われた娘は泣きじゃくっていた。
ギルバートはフローラの両肩から手を放す。鋭い目付きで、辺りを見渡した。
威嚇するように口を開く。
「……レイブン、おまえの仕業だな。近くにいるだろう。姿を見せろ。出てこないなら、この王城ごと潰す」
ギルバートが低い声で人語を解さない言葉を呟くと、壁にいくつかのヒビが入る。天井からは幾らか破片が落ちてきた。




