42.迂闊
レイブンとは第三王位継承者だ。日頃は姿を現さないため、謎のヴェールに包まれている。冥界とつながりがある、存在自体が幻などの噂だけが一人歩きして、実物の彼を知る者は少ない。
弟であるギルバートはレイブンを見たことがあるが、レイブンは黒いフードを目深にかぶっていて、顔つきや表情は分からなかった。
ただし、直感した事がある。
この男は恐るべき魔導士だ。敵に回してはいけない。
レイブンの操る反乱兵は不気味に笑う。胸に刺さった矢はそのままで、口から血を吐きながら、青ざめた顔で狂ったように笑っていた。
「今日は最高の饗宴だ。王族が己の力を振るい、惨劇を彩る。なかなか見られない光景だ。私もこの劇場に心踊らせ、参上しよう」
「静かにしていろ」
冷たくあしらったのは、ディーザだった。気迫を凝縮させた球を、ギルバートとフローラに向けて放つところであった。魔法の発動を無力化された二人にはなすすべがない。
それでもギルバートは諦めていなかった。
魔法で作る黒い盾はもろくも崩れ去り、自分の身体を黒く染めて強化してもすぐに元に戻る。ルシフェルの魔法によるものだった。この時に、ギルバートはある事に気づく。
「ルシフェルの魔法はわずかに時間差がある。ディーザの技を防ぐのも可能だ」
自分に言い聞かすように呟いていた。
ディーザの気迫球が放たれるのは一瞬だ。ギルバートは、ルシフェルの魔法が発動する前に、その一瞬を防御するつもりだ。ゲベート国最強の名をほしいままにしているディーザの技を防ぐのは、途方もなく消耗するだろう。
命を失うかもしれない。二撃目を防げる保証もない。
しかし、ギルバートは後に引けない。フローラを見捨てる事などできない。
二撃目を防げないなら、一撃目を防ぐのと同時にディーザを仕留めるしかない。
ギルバートはフローラに耳打ちした。俺が合図したら魔法壁を張ってくれと。
ルシフェルがいるから、機会はほんの一瞬しかない。フローラがディーザの技を防御している一瞬に、ギルバートはディーザを倒す秘策があった。
ディーザが咆哮をあげると共に、巨大な気迫球が放たれる。ご馳走の乗ったテーブルを蹴散らし、床を派手に削りながら、迫ってくる。
ギルバートには永遠の時間に思えた。彼の呪文は完成している。あとはタイミング次第だ。
「今だ」
ギルバートに応えて、フローラが透明な魔力の壁を張る。気迫球は魔力壁にぶつかり、砕き、進撃を続ける。ほんの一瞬の事だった。
ギルバートにとっては充分な一瞬だった。思わず口の端が上がる。
魔力を解き放つ。ギルバートの手元から広大な影が現れ、気迫球を包み込む。気迫球は黒く染まり、進行方向を真逆にした。
「なっ……!」
ディーザが驚愕の声をあげる。自分が放った強烈な一撃が、そっくりそのまま自分に向かってくるのだ。ギルバートを確実に殺すための奥義が、防がれるだけでなく、利用されてしまった。避けようがない。
ギルバートが吼える。
「己の技に滅びろ!」
黒い魔導士の反撃に、ディーザの頭は真っ白になっていた。しかし、無意識に身体は動いていた。
再び気迫を溜め、黒い巨大な球に向けて放つ。黒い球は分散して、辺りに衝撃波を残す。大広間にいる人間をすべて吹き飛ばしかねないような余波だ。
この衝撃波は、ルシフェルが消滅させたため、けが人はいなかったが。
ルシフェルが溜め息を吐く。
「危ないところでした」
一方で、レイブンの操る反乱兵は大笑いをして、拍手をしていた。
「見事だ、ギルバート。ディーザの気迫を操るとはな。この世に操れないものはないようだな。目に見えるものであるならば」
レイブンの言葉に、ギルバートは絶句した。
ギルバートは彼らにヒントを与えすぎていた。黒い短槍や強化呪文だけでなく、王剣に炎の魔法による罠を仕掛けたり、ディーザの気迫を操ってしまった。影や闇だけを操るのが、彼の能力ではないのは明白だ。
ルシフェルが微笑む。
「魔導士にとって能力が割れる事は、殺してくれと言っているも同然です。あなたにしては迂闊でしたね、ギルバート。あなたは目に見えないものは操れないと確信しました。たとえば、魂とか」




