39.ディーザとルシフェル
話は十年前になる。
ゲベート国の領土は毎日のように争いが起こり、疲弊していた。そんな状況を憂えた一人の王子が、ある事を感じる。
王族や貴族の意見だけでは国は滅びるのではないかと。
国民の意見にも耳を傾ける事を考えたのだ。
王子の名前はギルバート。第四王位継承者だ。まだ十二歳になったばかりで、ソーラー国王に自らの考えを進言するのは早過ぎた。
しかし、ギルバートはしたたかだった。
理解のある人間と意見を交換しながら、自分の考えを語っていた。貧民街の住民や捕まえた反乱兵から話を聞く事もあった。出掛ける日が増えた。
ギルバートの考え方は少しづつ噂になる。
噂を聞きつけた貴族から反発を食らう。
王族は国のためにある。国を動かしているのは貴族なのだから、貴族が優遇されるのは当たり前だと。貴族ばかりに富や食料が行き渡り、飢えた国民が反乱に加わっている事実を突きつけても、貴族の意見を変える事はできなかった。
子供の言葉など、まともに取り合ってはもらえなかった。
しかし、ギルバートは自らの主張を曲げなかった。時には貴族と喧嘩になる。
きな臭い雰囲気をかぎつけて、笑いながら近づいて来る王子がいる。第二王位継承者のディーザだ。
「懲りないな、ギルバート。ルシフェルが心配しているぞ」
ディーザは筋肉質な身体付きで、はつらつとした青年だ。黒い短髪と瞳は健康的で、常に白銀の鎧に身を包んでいる。背中には国宝の大剣を常備している。国の命運を背負っている証だ。騎士王子と呼ばれ、多くの戦果をあげてきた。貴族からの信頼は厚い。
貴族はディーザに向き直り、深々と一礼をする。そして口を開く。
「恐れ多くも申し上げます。この頃のギルバート王子はいささか勝手がすぎるかと存じます。ルシフェル王子だけでなく、貴族一同は胸の痛む想いであります。何かあってからでは遅いのです」
「ギルバートは子供だ。いろいろな事に興味が沸くのだろう。大目に見てやれ」
ディーザは笑いながら答えた。
貴族は激昂した。
「あなたがそんな態度を取るからギルバート王子はつけあがるのです! 誇り高い我々と下賤たるもの共が平等に過ごすなど、考えただけでも虫唾が走ります。どうかあなたの口から説得してください!」
貴族の言葉を聞いて、ディーザの表情が一変する。目付きを鋭くした。
「この俺に指図するのか?」
ディーザは凍てつく雰囲気を放つ。その視線を浴びれば、身体の髄まで凍り付きそうだ。傍目のギルバートですら震えが止まらない。直接視線を向けられた貴族は、泡を吹いて気を失ってしまった。
ディーザは呟く。
「やりすぎたか。またルシフェルに怒られるな。まあいい。怒られておくか」
いつもの、はつらつとした雰囲気に戻っていた。
そこへ、件の王子が歩み寄ってくる。
「またですか。反意のない貴族に危害を加えないように、あれほど言っておいたのに」
中性的な声だった。第一王位継承者のルシフェルだ。ウェーブの掛かった金髪を肩まで伸ばし、黒いローブを身にまとっている。肌の色は白く、細身で、ディーザとは対照的だ。目鼻立ちは整っていて、いつも穏やかな表情をしている。ディーザが太陽だとするなら、ルシフェルは月が似合う。
ルシフェルは再び口を開く。
「私がどれほど気を遣うのか分かっているのですか?」
「悪い!」
ディーザは両手をパンッと合わせると軽い口調で謝った。
ルシフェルは小さく溜め息を吐く。
「人に頭を下げる時に満面の笑顔を浮かべるとは。私は悪い気を起こしませんが、気を付けた方がいいですよ」
「固い事を言うな! うまく言っておいてくれ」
「はいはい。取り繕っておきますよ」
ルシフェルは倒れた貴族を揺り動かす。
貴族は目を覚ました。
「……いったい何が起こったのでしょう。悪寒がしたかと思うと意識が遠くなって……」
もうろうとしているようだ。
ルシフェルは微笑む。
「きっと悪い夢を見ていたのでしょう」
「そうだそうだ、悪い夢を見ていたんだ」
便乗してくるディーザに、ルシフェルはもの言いたげな視線を送る。誰のせいだと口に出すのはこらえたようだ。
貴族は立ち上がり、何度も礼をする。
「お恥ずかしい。夢に惑わされるなんて。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「いいですよ、具合が悪いようなのであまり無理をしないでくださいね」
ルシフェルの口調は穏やかだ。うんうんと頷くディーザに、意味ありげな視線を送っているが。
貴族が歩き去るのを見計らって、ディ―ザは親指を立てる。
「ナイス!」
「慣れたものでしょう。誰かさんのおかげで」
ルシフェルは呆れていたが、穏やかに口の端を上げていた。
決して悪い人達ではない。
しかし、この五年後に彼らの手で惨劇が起こった。




