36.裏切り
「薬膳汁は身体が温まるし、美味しい。スバルも飲んでみて」
シュネーの瞳は輝いている。嘘は言っていないようだ。
しかし、スバルは薬膳汁を受け取る気になれなかった。差し出された器を押し返す。
「わりぃが、俺は村人を信用できない。ウルスラの仲間と分かり合う気にはなれないからな」
スバルにとって、ウルスラは血のつながりはあるが、仲間の仇だ。自分の手で殺したい。
しかし、シュネーに説明をしても理解されないだろう。シュネーは実の姉であるメーアを助けたいと願っている。家族に対する考え方が根本的に違う。
スバルの眼光には殺気が、シュネーの凛とした瞳には優しさが宿っていた。
老人が不服そうに溜め息を吐く。
「せっかく作ったのに……そう思うじゃろ、リン」
スバルは眉をひそめた。老人の口から、聞いた事もない名前が出てきたからだ。
老人の視線は家の奥を向いている。人の気配がある。スバル達を覗き見ていたのだろう。
老人が家の奥に再び声を掛ける。
「リン、出て来い。隠れたって無駄じゃよ」
「か、隠れてなんていないわ。ちょっと様子を見ていただけで」
甲高い声がしたかと思うと、声の正体が姿を現した。短髪の村娘だ。気の強そうな目付きをしている。
リンはずかずかと歩いてきて、スバルとシュネーを交互に指さした。
「私達はあなた達を信用していないし、泊める義理だってない。でも、おじいちゃんがあなた達を気にしているから仕方なく泊めてあげてるの。感謝して毒見くらいやってもいいのに」
「毒見が必要なもんを出すな」
スバルがすかさず言い返すと、リンは両目を見開いた。心の底から驚いているようだった。
「毒見がいらない食事があるの……」
スバルは口出ししたくなるのをこらえた。日頃の食事の話になれば、収集がつかなくなりそうだ。
話題を変える事にした。
「なんで俺達を泊めたんだ。気になるってだけじゃ納得できねぇ」
「若い男女のロマンスに手を貸したくなった……というのは冗談として、おまえに話したい事があっての。確認するが、ギルバート王子の部下じゃな」
老人は穏やかに微笑んでいた。
スバルは一瞬だけ沈黙する。この老人の狙いが読めない。ただの鎌掛けなのか、確信があるのか。
「なんの話だ?」
とぼけてみる。
老人は愉快そうに笑った。
「隠さなくてよい。最近、おまえ達が村に来た時にもう一人若い男がおった。随分と男前になったが、ギルバート王子に間違いなかった」
最近の事を思い返してみる。
たしかに、スバルとシュネー、そしてギルバートの三人で村を訪れていた。ウルスラの情報を得るためだった。
スバルは感嘆の溜め息を吐く。
「ギルバート王子を知っていたのか」
「無論じゃ。儂は第二王位継承者ディーザ配下の王族直下特殊部隊だったからの。ギルバート王子と多少なりとも話をした事がある。リンはギルバート王子の仲間の娘じゃ」
老人の言葉に、スバルは眉をひそめた。
老人が元王族直下特殊部隊だという事に驚いたが、ギルバートの仲間の娘という言葉に引っかかった。王子の仲間といえば高貴な身分だと想定される。しかし、リンにはその雰囲気がない。
老人が言葉を続ける。
「誤解のないように言っておくが、リンは貴族ではない。ごくごく普通の村娘じゃ」
「どういう事だ?」
スバルが尋ねると、リンの目付きが鋭くなる。身体を震わせている。
「知らないの? 私の両親は、ギルバート王子に裏切られた。一緒にこの国を立て直すと誓ったはずなのに」
リンはスバルを睨んでいた。激しい憎悪が窺える。




