33.胸の痛み
シュネーは涙目になっていた。
「ウルスラさんがすべて悪いの? あの人がどうして戦うのか考えないの?」
凛とした瞳で訴えかける。スバルはシュネーを悲しませた事に罪悪感を覚えた。
しかし、ウルスラと戦った事に後悔はない。
スバルは口を開く。
「あの女は俺たちを苦しめてきた。反乱軍の旗頭だし、早く殺さねぇといろんな犠牲が出るぜ」
「いろんな犠牲って? スバルを助けようとしただけなのに」
シュネーの反論は、スバルにとってあまりに唐突で理解に苦しむものだった。
シュネーが言葉を続ける。
「ウルスラさんは、弟のスバルが戦場で傷つくのが嫌なだけよ。だから、スバルとスバルの仲間の命はいらないと言った」
スバルは、決闘前にウルスラが言った事を思い返していた。
おまえが二度と戦場に現れない事が望みだと言っていた。
スバルには自分の生きる目的を絶たれるのを意味していたが、シュネーの受け取り方は違ったらしい。シュネーは涙もろく、優しい女の子だ。姉と弟が殺しあうのは耐えられなかったのだろう。
ここまで受け取り方が違っては、説得するのは困難だ。
シュネーが言葉を続ける。
「ウルスラさんは、とてもいい人よ。話し合えばいいのに。殺そうとするなんて酷い。何もかも暴力で解決しようと思わないで!」
シュネーは全身を震わせていた。彼女の祖国であるナトゥール国は蹂躙され、第一王女のメーアは人魚に改造された。理不尽な扱いに対する怒りもあるだろう。
スバルは反論をする気が起きない。見解の相違だと思った。
しかし、ギルバートが口を挟む。
「では聞こう。大切な者を殺された者たちが、話し合いで気が済むと思うか?」
ギルバートの口調は淡々としていたが、眼光は鋭かった。見る人を恐怖に陥れるような威圧感がある。性格は違うが、ソーラー国王の息子であると窺わせる。
ギルバートは地面に片膝をついて、スバルの右足に手をかざす。部下の怪我を治療するのだろう。シュネーは澄んだ瞳で見つめていた。
「恨みや憎しみだけじゃ何も産み出さない。国が滅びてしまう。もっと冷静になって。国を守るのは王族の責任でしょ? あなたなら分かるはずよ」
「……俺に王族の資格はない」
ギルバートの言葉に、シュネーは首を傾げた。
ギルバートは間違いなく王族の血を継いでいる。王位継承権は第四位だが、戦争の多いゲベート国にでは、王になる可能性が全く無いとはいえない。第一から第三までの王位継承者が暗殺される恐れがあるからだ。しかし、ギルバートは自らに王になる資格がないと言っているのも同然だ。
シュネーは疑問をぶつける。
「王族とは認められないような事をしたの?」
「いろいろとな」
ギルバートはシュネーの疑問を軽くあしらった。低い声で呟きだす。抑揚はないが、胸に迫る力がある。魔導士が使う特殊な発音だ。
ギルバートの手元に赤黒い液体が生み出された。赤黒い液体はスバルの右足の傷口へ飛び込んでいく。やがて、傷口は赤黒く塞がれた。
シュネーは感嘆した。
「スバルの血を造ったの。すごい!」
「少しばかり楽になるだろうが、本物の血には及ばない。おまえたちは、さっさとレーベン村へ行け。俺はウルスラを追う」
シュネーは引き止めるが、ギルバートは歩みを止めなかった。黒い魔導士の姿は、いつのまにか立ち込めた霧の中に消えていった。
霧がさらに深くならないうちに、スバルたちはレーベン村に行くことにした。任務を果たせなかったスバルはもちろん、シュネーも悔しさを隠せなかった。
「争いなんて無くなればいいのに……でも、今はスバルの怪我が心配。迷惑を掛けてごめんね」
シュネーの言葉に、スバルは情けない想いをした。
迷惑を掛けたくないなら馬鹿なマネはやめろ、と言ってやりたい。
しかし、今はこみ上げる胸の痛みをなだめるのが精一杯だった。




