32.失態
朝ぼらけを見ながら、スバルは呆然としていた。
反乱を終わらせる絶好の機会を逃したのだ。仲間の無念を晴らせなかった喪失感が大きい。脱力して両膝を地面につくと、右足の激痛が蘇る。しばらくは立てないだろう。
だが、何も得られなかったわけではない。
シュネーの命を守りぬいた。彼女はもうろうとしているが、目を覚ました。
「うっ……どうなったの……?」
シュネーは起き上がり、辺りを見渡す。両膝をついているスバルに、溜め息を吐くギルバート、そして天に届かんばかりの巨大な黒い竜型の怪物がいた。地面はひび割れ、所々で砕かれている。
シュネーは怪物を指差して悲鳴をあげた。
「ねぇあれ何!? 何がどうなったの!?」
スバルは言葉に詰まった。
黒い怪物はギルバートが召喚したもので、ウルスラと共にスバルやシュネーも仕留めようとしていたなどと、口が裂けても言えなかった。
ギルバートが片手で虚空をなぐと、黒い怪物が朝日にきらめいて霧散する。同時に、砕かれた地面が何事もなかったかのように元に戻っていた。黒い瞳の魔導士は一呼吸置いて口を開く。
「ウルスラを逃がした。早急に打つ手を考えなければならない」
「お姉さんは逃げたのね。よかった!」
溜め息の止まらないギルバートの前で、シュネーは花がほころぶような笑顔を見せた。猫耳がピンと立っている。何も知らない少女は嬉しそうだ。尻尾があればぴょこぴょこ振っていただろう。
一方で、スバルの顔から血の気が引ける。ギルバートが冷たい視線を向けてくるからだ。
ギルバートの口調は重々しい。
「スバル、おまえは明らかにウルスラの討伐を後回しにしたな」
ギルバートは、スバルがシュネーの救出に全力を注いだのを怒っているのだ。王族直下特殊部隊は、どんな犠牲を払っても反乱軍を討伐しなければならない。処罰の対象になる恐れもある。
スバルにはシュネーの救出は任務から外れていたという自覚がある。
だが、後悔はなかった。
「シュネー王女は俺達の仲間だぜ。助けようとするのが当然だろ。ウルスラを逃がしたのは大失態だから、どんな罰でも受けるけど」
スバルはどっかりと座り込んだ。その目に迷いはない。
しかし、寒気は抜けない。ギルバートの視線がいっそう険しいものになっていた。
「仲間と軽々しく言うが、おまえにとって仲間とはそんなに簡単にできるものだったのか? おまえに使命を託して死んでいった者たちの想いはどうした」
「……敵を殺すだけが仲間の証じゃねえよ。俺は、自分の手では大切なものを守れなくなった奴らの無念も託されている。守れるものを守るのも仲間の証だぜ」
スバルは自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいた。自分の言葉に間違いはないはずだ。
しかしギルバートに睨まれると、身がすくむ。スバルに譲れないものがあるように、この王子にも譲れないものがあった。
「反乱が終われば大きな犠牲が出なくなるものを……スバル、おまえはウルスラを逃がす事で今後どれほどの被害が出るのか考えなかったのか? 俺たちを相手にウルスラが生き延びた事で、反乱軍は勢いづくだろう。普通に戦えば死なずにすんだ戦士まで犠牲になるかもしれない。あの場でシュネー王女を守る価値はあったのか?」
スバルは絶句した。シュネーを守りたいと思ったが、他の味方が殺される危険性を考えていなかった。それは死んでいった仲間を裏切る行為とも思えた。
ギルバートは深い溜め息を吐く。
「王族直下特殊部隊としては、信じられないほどの失態だ。任務を与えるのがためらわれるな。怪我の事もある。しばらく暇を出す。応急処置をしてやるから自力でレーベン村へ行け」
スバルにとって、ギルバートの言葉は一つ一つが重かった。




