31.違和感
シュネーはウルスラを仕留めるのに反対している。
しかし、彼女が気絶している間に決着をつければいい。スバルはそう考えていた。
時間を稼ぎたいが、シュネーが目覚める前に勝負を決めたい。
だが、違和感がぬぐえない。
違和感の正体はすぐにわかった。地面に転がされ、明かりの消えた松明が発する臭いだ。焦げ付くような臭いとは別に芳香がある。ウルスラたちが持っていたものだから、油断ができない。
少しずつだが、目がかすむのを感じる。おそらく何らかの薬が使われているのだろう。
スバルは精一杯の声を発する。
「やる事がせこいな!」
おまえの手は見抜いている。
その意図を伝える他に、普段どおりの発音をすることでしびれが解消されていると思わせる。ウルスラの動揺は誘えないが、彼女の仲間たちの表情がこわばった。
稀代の魔導士ギルバート王子に、王族直下特殊部隊のスバル。ウルスラたちにとって脅威だ。
黒い魔物の牙が襲い掛かる。逃げ回るウルスラたちを一網打尽にしようとしている。スバルは魔物の牙を、シュネーを抱えながら難なくかわせるようになっていた。しびれ薬の効果は薄れていた。
スバルはシュネーを地面に置いた。長剣はどこかへ行ってしまったが、今のウルスラなら素手で倒せるだろう。
そう思った時に、右足から激痛が走る。新たに攻撃を加えられたわけではない。しびれ薬の効果がなくなった途端に、痛覚も蘇ったようだ。
しかし、今のスバルを止める要因にはならない。
反乱軍のリーダーを討てる絶好の機会だ。反乱が終われば、争いが止まる大きな一歩になるだろう。死んでいった仲間たちの無念が晴らせると思うと、スバルにとって右足の痛みなど微々たるものだった。
黒い怪物に任せるだけでウルスラを殺せるとは思えない。何よりも、スバル自身が葬らないと気がすまない。
スバルの殺意は、痛覚を上回っていた。
芳香のする霧が立ち込める。黒い怪物が吸い上げても、霧はすぐには薄くならない。しかし、ためらいなどない。スバルはウルスラへと殴りかかった。
ウルスラはあっけなく倒れた。うめき声もない。体力が尽きたのだろうか。
スバルはウルスラの首根っこを掴む。この時になって初めて違和感に気づく。
軽すぎる。人の重さではない。
試しに首を折ってみた。ポキッと軽い音をたてて、頭と胴体が分かれる。人間の首はこんなに簡単に折れるはずがない。
「……幻か」
スバルは呟いて木片を捨てた。木片は、先ほどまでウルスラに見えていた。
松明の発する臭いは、幻想を見せる薬の臭いだったのだろう。厄介だが、スバルは勝機を見出していた。
ウルスラたちは妙な薬に頼るしかないのだ。それは、単純な武器での戦闘ができなくなった事を意味する。
スバルは自然と口の端が上がるのを感じた。
「出てこいよ。幻だと分かっているぜ」
あえて挑発的な口調になる。相手に揺さぶりをかける狙いもある。言葉を続ける。
「怖いのか? 俺を倒すんじゃなかったのかよ」
返事はない。誰かが動く気配もない。スバルは苛立ちを隠せなくなった。
「聞こえねぇのか!?」
嫌な予感がした。ギルバートと怪物、そして気絶しているシュネー以外の気配を感じない。誰の足音も聞こえない。
スバルの予感は的中した。
黒い怪物が霧を吸い上げきった後に、ウルスラたちはいなかった。




