29.戸惑い
スバルが動けなくなったのを確認して、ウルスラは片刃の剣を鞘に収めた。
「すまなかったな、スバル」
ウルスラは申し訳なさそうに言った。
スバルは戸惑った。敵を相手に何を謝っているのか分からなかった。ろくに思考が働かないのは、しびれ薬のせいだろうか。
大柄な男が、スバルの両足を押さえたまま口を開く。
「弟様は、俺がつれていきましょうか」
「頼む」
ウルスラの返事は早かった。
大柄な男がスバルの両脇を抱える。
その時だ。
フローラが警告を発する。
「すぐ逃げてください!」
黒い疾風は消えた。スバルの身柄は押さえた。ギルバートが何かをする素振りはない。ウルスラ達が警戒する要素などなかった。
しかし、ウルスラ達はスバルから離れて、辺りを窺う。
フローラの言葉を信じたのだろう。
異変はすぐに起きた。風が渦巻き、息をするのが困難になる。踏ん張っていなければ吹き飛ばされそうだ。
気を失っているシュネーが浮かび上がりそうになっている。小柄で軽い彼女は、放っておけば風にさらわれるだろう。
スバルは地面を這う。ろくに動かない身体がもどかしい。ときどき土ぼこりが目に入るし、身体が痛くなる。
だが、懸命に前へ進んだ。それが功を奏して、シュネーの右腕を掴んだ。彼女が風にさらわれる心配はなくなった。しびれ薬の効果は徐々に薄れているようだ。
風の行く先を見れば、恐るべき魔物が口を開けていた。幾人も一度に飲み込めそうな巨大な口で、ウルスラ達を、スバル達ごと食らおうとしているのだろうか。
魔物の体長は大人の数倍もある。その身体は鱗に覆われ、月明かりに黒く光る。竜によく似た怪物だ。闇色の瞳で獲物を見定め、口を閉じる。
風は止んだ。
束の間の静寂が訪れる。スバルは凍りつくような寒気を感じた。
ギルバートが一言、口にする。
「やれ」
その直後、一瞬にして地面が砕かれた。主の命を受けた黒い魔物が、頭突きをしてきたのだ。ギルバートは黒い疾風でウルスラ達を翻弄している間に、黒い魔物を召喚していたのだろう。
闇色の瞳の魔導士は、今は様子を見ているだけだ。




