2.もうすぐ夜
スバルは舌打ちした。誰を捕まえようか迷ったのが敗因だった。
「また逃したか」
絡まれたのは、これが初めてではない。これで二度目だ。
一度目は昼頃、自分から話しかけた時だ。話しかけただけで生意気だと言われ、突っかかってこられた。
不意打ちだったために手加減ができず、襲ってきた者達を全員ノックアウトさせてしまい、必要な情報を得るのに失敗した。
そのため、二度目は自分からは話しかけまいと思い、誰かから話しかけてくれるのを待っていた。そうすれば、少しは会話ができると思ったのだが……。
「人間関係がめんどくさいのは、今も昔も変わらねぇな」
スバルは溜め息を吐いて、空を仰ぎ見る。夕闇に一番星が光る。もうすぐ夜だ。
「そろそろ引き上げるか」
貧民街の夜は凶悪な人間しかうろつかない。見知らぬ人間に情報を与える者など皆無だろう。そう判断して、スバルは貧民街を出る方向へ足を運ぶ。
彼が目指す先にはゲベート王都の誇る美しい城がある。
大聖堂を模した巨大な建造物を中心にいくつもの塔が建てられ、いずれの塔のてっぺんにも十字架が付けられている。芸術性を重んじたこの城には、誰もが憧れる優美さがある。資源に恵まれた地域に建てられた事も含め、人々の憧れの的だ。
しかし、その内部を知る人間には恐ろしい建造物だ。
国王の権威を示すために造られた城には、莫大な費用と犠牲がつぎ込まれた。豊富な資源をエサに遠方の人間達を集め、酷使し、反発するものには拷問や処刑が行われた。
城が完成した今でも、当時の恨みを忘れられない人々が反乱を画策している。
しかし、反乱は強力な国王軍によって力づくで鎮圧されてきた。勝利に酔いしれ、毎日のようにパーティーを開く貴族や王族に、スバルは吐き気をもようしていた。
「行きたくねぇ……けど、行かねぇとな」
スバルは溜め息を吐いた。
その時だった。
甲高い悲鳴が聞こえた。
「誰か、誰かぁぁぁ!」
若い女の悲鳴だった。
直後に、複数の足音が聞こえだす。確実に近づいている。振り向けば、集団が走っていた。白いフードをかぶった女が複数の男に追われていた。
「助けて、お願い!」
女はスバルの後ろに回り込んだ。声は高く、小柄である。震える姿は小動物を思わせた。女というより少女といった方がしっくりくる。
スバルは溜め息を吐いた。