28.油断
冷徹な風とフローラの手のひらがぶつかりあった瞬間に、両者の間に青い稲光が走る。黒い疾風は、フローラの両手の前で進行を止めていた。
しかし、黒い疾風は地面を削り続けている。土埃が上がり、フローラの視界を奪う。青い稲光がけたたましく鳴り響く。疾風は衰えない。茶髪の女性の体力を奪い続ける。
だが、フローラはその場に立ち続ける。
恐れを抱いて逃げようとすれば、瞬く間に切り裂かれる事に気づいたのだろうか? 否。そのような事を考える余裕はフローラにはない。絶望的な状況で、彼女の瞳は輝いていた。
そして、吠えた。
「みんなで生きて帰るのです!」
なんて愚かな女だろうとスバルは思った。
一瞬でもギルバートの魔法を防げるのなら、その力を使ってウルスラ以外の仲間全員を助けて逃げる方が賢明だ。現に、他の黒い疾風がウルスラの仲間たちを傷つけている。立ち上がる事もままならないウルスラを守ろうとした結果だろうが、つくづく憐れに感じた。
シュネーがわめき、暴れる。
「放してスバル! お姉さんを助けてあげて!」
正直なところ、スバルはシュネーをうるさいと感じていた。もともとよく口が回るのを知っているが、輪をかけていると思った。反乱軍の討伐を果たすうえで邪魔だ。
スバルは呟く。
「わるいな……」
シュネーの首筋に手刀を落とした。
猫耳の少女はあっけなく静かになった。違和感を覚えるほどだ。スバルから危害を加えられるなど、考えてもいなかったのだろう。スバルはシュネーを後で安全なところに逃がしてやろうと思った。
シュネーを気絶させたところで、スバルはよろよろと立ち上がる。標的はウルスラ。血を流して地面に倒れているはずだ。
しかし、双剣の魔女の姿はない。シュネーを抱える際に置いていった剣も消えている。
しまった、と思った瞬間には遅かった。
スバルは足払いを食らって仰向けに倒れ、のどぼとけに片刃の先端を突きつけられる。片刃の剣の使い手は、もちろんウルスラだった。
「油断したな。王族直下特殊部隊殿」
ウルスラが口の端を上げる。
スバルは頭に血が上るのを感じた。この女をぶっ殺したい。幸い、片刃の刃渡りは長剣ほどではない。まずは突きつけられた剣を蹴り飛ばそうと、足に力を込める。のどをかき切られても構わないという思いだった。
しかし、足が動かない。しびれ薬だけのせいではない。
足元に視線を移せば、大柄な男がスバルの両足を押さえつけていた。
「ご無礼を、ウルスラ様の弟様」
男の目は真剣だった。隙がない。彼の手から脱出するのは困難だ。
だが、隙がないなら作ればいい。
スバルは右手で素早く砂を握る。大柄な男に目くらましをしようとしていた。悪あがきにすぎないが、何もしないよりは遥かにマシだ。
しかし、スバルの両手首はひょろ長い男の手に掴まれる。振りほどこうにも、身体に力が入らない。呼吸もままならない。いよいよしびれ薬が回りきったのかもしれない。
これでは全く抵抗できないとスバルが悟った瞬間に、黒い疾風が四散した。フローラが防ぎきったようだ。
ウルスラの仲間たちの松明はみんな捨てられ、灰色の煙を出していた。辺りは静寂の闇に包まれる。




