27.黒い疾風
ギルバートは細身の長身で、ゆったりとした黒いローブで身を包んでいる。顔立ちは整っていて、男なのに年頃の乙女よりも美しい。
しかし、ギルバートは底の知れない王子だ。白い肌は儚げだが、黒い瞳は果てしない闇を感じさせる。彼は己の手札の全てを見せない。自分のできる事を隠しながら、敵を倒せる。直属の部下であるスバルさえ、彼の全貌は分からない。
ウルスラを転ばせたのにどんな力を使ったのか不明だし、ウルスラがしびれ薬を使ったと断定した理由も謎だ。
ただ一つ、言える事はある。
ギルバートは稀代の魔導士である。
ウルスラの仲間たちは絶望的な雰囲気に包まれている。
「くっ、ギルバート王子……」
「こんな所で……」
彼らがギルバートを相手にするには、あまりに準備不足だろう。実力の差もある。逃げようとするのは目に見えていた。
しかし、ウルスラを置いていけないようで。
男二人がウルスラのもとに駆け寄る。ウルスラも立ち上がるが、胸の痛みが激しいのだろう。その足取りはおぼつかない。
男二人の手がウルスラへ伸びる。しかし、その手がウルスラに触れる事はなかった。
人間大の薄い刃が縦断し、彼らに襲い掛かった。闇にまぎれると識別が困難である。黒い疾風とも呼ぶべき存在だ。
固い地面に、黒い疾風の通った跡が残る。鋭利な刃物で斬られたような裂け目ができていた。生身で食らったら、ひとたまりもないだろう。男二人は咄嗟に飛びのき、黒い疾風をかわしていた。
しかし、ウルスラに避けきる体力は残されていなかった。
双剣の魔女は右肩を押さえて倒れこむ。胸の激痛もある。立ち上がるのさえ絶望的だ。
茶髪の女性が悲鳴をあげる。フローラだ。
「ウルスラさん、しっかり!」
他の仲間たちが止めるのも聞かずに、松明を捨て、ウルスラに向かって走る。捨てられた松明は、光を失って灰色の煙を出していた。
ギルバートが虚空で手を振る。再び黒い疾風が生まれる。冷徹な瞳で、ウルスラとフローラを一度に仕留めようとしている。
そこへ無謀にも割って入る少女がいた。
シュネーだ。無防備に両手を広げている。
「やめて、この人はスバルのお姉さん! 殺さないで。話せばきっと分かるから!」
猫耳の少女の懇願に、スバルは怒髪天が突く思いだ。
「馬鹿!」
せっかく助けた命を無駄に使いやがって!
そこまでの説教はできなかった。口が回らない。しびれる身体と血だらけの右足に鞭打って、武器を置いてシュネーを抱え、走り去ろうとした。
しかし、シュネーが抵抗したため組み伏せるのが精一杯だった。二人は黒い疾風の直線状にいる。疾風は無情にも迫る。
スバルは自らが切り裂かれるのを覚悟した。同時に、シュネーを突き飛ばすつもりでいた。しかし、身体がしびれて思うように動かない。
そんな中で、無情な疾風に立ち向かう茶髪の女がいる。フローラだ。彼女の両手は白く光り、疾風に向けられている。
「私は誰の死も望みません!」




