20.感傷
スバル達はウルスラが来るのを狙って、しばらくレーベン村に滞在する事にした。多くの村人が家に招いてくれたため、泊まる場所には困らなかった。大人しそうな老夫婦の暮らす民家でくつろぐ。
ウルスラとは、一度は殲滅しかけた反乱軍を立て直した実力者だ。反乱軍の旗頭で、ゲベート王都の貴族達は血眼になって探している。
腰まで伸びた長い黒髪を一本に束ね、艶のある髪を振り乱しながら戦う姿は激しくも美しい。両手に片刃の剣を持ち、変幻自在の剣技を見せつけるという。彼女は敵からも味方からも畏怖を込めてこう呼ばれる。
双剣の魔女と。
スバルにとっては忌々しい存在だ。
ウルスラの名前を聞いた時に、全身が燃え上がるような感覚がした。討伐命令をくだしてほしいと幾度となくギルバートに進言した。おまえと戦わせるつもりはないと何度も却下されたが、ウルスラに対する煮えたぎる憎しみは消えなかった。
そして今、ウルスラを仕留める絶好の機会が来ようとしている。スバルは飢えた獣のように今か今かとその時を待っていた。
スバルの異様な気配を察したのか、シュネーが唾を呑む。不安げにスバルを見つめていた。何かを言おうと口を開いては、首を横に振る。
しかし、ためらいはすぐに消した。
「ウルスラとスバルはどういう関係だ?」
シュネーが尋ねると、スバルは含み笑いを始めた。どす黒い雰囲気に、シュネーは小さく悲鳴をあげた。
「そんなに嫌いな女なのか?」
「あの女が生きていると思うだけで虫唾が走るぜ。俺を見捨てた挙句に、俺の仲間を殺してきたクソ女」
「スバルは捨てられたのか……辛い事を思い出させてしまった」
シュネーが申し訳なさそうに視線を落とす。スバルはぱたぱたと片手を振った。
「気にしてねぇ。それより、あんたはどっかに逃げた方がいいかもな。俺はあの女を見たらどんな手段を使ってでも殺す。何を犠牲にしてもな」
スバルは長剣の柄に手をやり、握り心地を入念にチェックしていた。
ギルバートは口を挟む。
「感情的になるな。あらゆる好機が活かせなくなる」
「わーってる。けど、今はちょっと感傷にひたらせてくれ」
スバルは幼い頃を思い出していた。
物心ついた頃に住んでいた村が野盗に襲われ、スバルはさらわれた。
野盗に捕まった瞬間の、姉の悲鳴は耳にこびりついている。厳しくも優しい姉だった記憶がある。
野盗に捕まった後は売りに出されるはずだったが、売り飛ばされる寸前で、幸運にも逃げる事に成功した。しかし逃げた先がゲベート王都の貧民街で、食べ物にありつくのもままならない生活を送る。王城に住む変わり者に拾われるまでは陰惨な生活であった。
拾われてからは戦闘に明け暮れる毎日で、ウルスラの事は忘れていた。同じように戦う男達と語り合い、時に喧嘩して、命を落とした仲間を弔って、新しい仲間との出会いを喜んで。
大変だが楽しいものだと感じていた。
だが、転機が訪れる。
反乱軍でウルスラという女性が台頭し、スバルの姉を名乗りだしたのだ。
反乱軍のリーダーの弟という噂が流れてからは、スバルに対して不信や疑惑の目を向けられるようになる。
それだけならまだしも、ウルスラ達はスバルを奪い返すという大義を掲げて、スバルの知り合いを含めて国王側の人間を次々と殺していった。
ここまで思い出して、スバルは溜め息を吐いた。外では夜の虫が鳴いている。外はすっかり暗くなっていた。
スバルは口を開く。
「そういえば、なんでウルスラはギルバート王子の事まで知りたがるんだろうな」
「分からない。あの女は頭が良すぎる。考えが読み切れない」
「あんたこそ、一筋縄じゃいかないのにな」
スバルはけらけらと笑った。
ギルバートは苦笑する。
「何がおかしいのか分からない」
「考えすぎんなよ! ようするにあの女を倒せばいいんだ」
スバルの口調は弾んでいた。
シュネーは浮かない顔をしている。
「家族は仲良くするものだと思う……」
「こっちはいろいろあるんだ。さて、もう一度言うぜ。あんたは逃げた方がいい。ここは戦場になる」
スバルは長剣の柄を握って、窓を見る。
彼が指さす先には、複数の松明の明かりがあった。




