18.切なる願い
出発は早かった。
ギルバートが軍服から黒いローブ姿に着替えて、スバルに簡単な治療を施して長剣を持たせた途端に、王城を出る事になった。
「相変わらず行動が早いぜ」
スバルは溜め息を吐きながら歩く。
シュネーもついてきた。表情が暗い。
「私一人ではメーア姉さんを助けられない。王城に残っても意味がない」
「心配すんな。メーア王女はしばらく殺されねぇと思うから。チャンスはいつか転がってくるだろ」
スバルは言いながら、シュネーから視線を外していた。ソーラーを出し抜くチャンスが来るとは思っていない。自分の言葉が気休め程度の意味しかないのを知っていた。
しかし、シュネーはしっかりと頷いた。
「ありがとう。チャンスを活かせるように頑張る」
猫耳の少女は瞳を輝かせた。彼女の足取りは軽く、どんな苦難も乗り越えられそうだ。
大気は冷たいが、スバルは胸が熱くなるのを感じた。絶望的な状況でも前を向けるシュネーは、うらやましくて、ねたましい。
この娘は奇跡を起こすかもしれない。メーアの救出だけでなく、彼女の祖国であるナトュール国の復興も考えるかもしれない。
しかし、それはゲベート国の存在を危うくする恐れがある。スバルの手で彼女を斬る可能性もある。
「忠告はしておくぜ。あまり目立たないようにしろよ」
スバルの言葉を重く受け取ったのか、シュネーは何度も頷いた。
「変な行動をすれば、助けてくれたあなた達に迷惑が掛かる」
シュネーの言葉はスバルの胸に突き刺さった。
俺はおまえを殺すかもしれないのにな。
だが、本当に戦うまではシュネーを嫌いにはなれないだろう。スバルは神に祈る柄ではないが、幸運の女神が微笑んでほしいと切に願った。
目的地であるレーベン村は、ゲベート王都からずっと南に位置する。日が昇ると共に畑仕事をして、日が沈むと共に眠りにつく。あまり特徴のない小さい村だ。
唯一の特徴といえば、旅人をもてなす風習がある事くらいだ。温厚な住民は分け隔てなく訪れた人を迎え入れる。
その温厚さゆえに、多くのトラブルに巻き込まれてきた。盗賊にだまされて食べ物を奪われたり、誤って反乱兵をかくまったりした。しかし、レーベン村の住民は旅人を快く迎え入れる。楽しい話を聞かせてもらえれば儲け物だという考えであった。
スバルがこの村を訪れるのは二度目だ。
初めて訪れた時には戦場から帰る途中で、傷だらけだった。村人は手厚く保護してくれたが、若いのに無駄に戦うのはやめなさいと、寄ってたかって言ってきた。
二度と行かないと誓ったほどだ。
「よりによって何で俺を連れていくんだ、ギルバート王子。村人がうざい事はとっくの昔に伝えたよな」
道中、スバルの愚痴は止まらなかった。草原の風は気持ちいいが、レーベン村に近づくにつれ、気分は下降していく。
前を歩くギルバートは、振り向かずに答える。
「反乱兵の情報を集めるなら、村人に顔が割れている方が都合がいい。若いのもある。向こうからしゃべるだろう」
スバルはげんなりしていた。村人の話はとにかく長いし、同じ話を何度も聞かそうとする。相手が理解していない事も構わずに、延々と無駄話をするのだ。道を尋ねたくても、すぐに自慢話にすりかわる。会話が成立しないのだ。
一方で、シュネーは別の事を気にしていた。
「私はギルバート王子自らが足を運ぶのに疑問を感じる。どうして部下に任せないの?」
「……おまえはゲベートの王城で何を見ていた?」
質問されて、シュネーは戸惑った。ギルバートの意図がつかめない。
スバルが助け舟を出す。
「貴族の嫌な雰囲気が分からなかったのか、と言っているんだぜ」
「王城から逃げるために出向いているの!?」
シュネーの声は裏返った。心なしか猫耳がピンと張る。ギルバートが睨んでくるが、憐れみの視線を返す。
「あんな所、長くいたくない気持ちは分かる。でも、貴族の雰囲気を変えるのは王子の仕事でしょ」
「ソーラー国王を相手にできると思うか? ギルバート王子は意外と臆病なんだぜ」
スバルは言いながら、ギルバートを見る。闇色の瞳はぎらついてた。
「不敬罪を適用するぞ」
「わりーわりーちょっと口が滑った」
スバルは笑うが、ギルバートは機嫌を損ねたらしい。
その後、レーベン村に着くまで一切口を利かなかった。




