返済その8「祭りじゃ、祭りじゃあ。毎日、祭りだったら、体が持たないぜ!」
ある日、有希は見てしまった。
赤井の姿を。ただ、通っただけの街中の古い屋敷の前。奴は、屋敷の前で年寄りの襟首を、乱暴に握ていた。
いつものように、紅美さんの前で、デレデレしている奴の姿ではなかった。初めて、奴と会ったときの第一印象そのままの奴だった。
「払えって、言ってんだろう!!聞こえねぇのか、ジジイ!!」
間違いなく、奴の声だ。
「堪忍して下さい!!」
屋敷の主であろう老人が、怯え叫ぶ。きっと、あの老人も奴の事務所から、借金をしてしまったのだろう。
怖くて、有希は奴に近付けられなかった。
「その指、折ってやろうか!?ああ!?」
そう叫ぶ奴を見て、有希は思った。
どんなに、紅美さんの前でバカ丸出しで、ホラー映画に弱くても…。奴は、所詮、血と涙を感じさせない『ヤクザの借金取り』なんだと…。
そして、奴は老人を脅すだけ脅し、去って行った。
有希は、足が震えていた。
『あれが、奴の本性なんだ…』
同じ日の晩に、奴は店に現れた。
「いやー、こんばんはー!」
さっきとは、別人のように明るく奴が現れる。紅美狙いで。
しかし、今日、紅美は友達と飲み会に行っていない。店に居るのは、店主と有希だけ。
有希は、店主にさっきの事柄を話してはいない。
「今日は、紅美ちゃんは居ねぇよ…」
店主が、そう言う。
「えっ、居ないのかよ…」
残念そうに、奴は言う。
「じゃあ、仕方ない…。いつもの鯖味噌なー。あと、水くれ」
奴が席に悠々と座り、店主に注文をした。
「…」
有希は昼間に見た、あの光景が目から離れなかった。あの時の赤井の姿が、今目の前に居る赤井の姿と重なっていた。
すると、なんだか、有希に怒りが込み上げてきた。
「おーい、水くれー。福梨ー」
奴が名指しで、有希を呼んだ。
それに答えるように、有希は片手に水の入ったグラスを持って、奴に近づいた。
「ったく、親父さん、福梨も、さっさと金返せよー。こっちも、不景気なんだからー」
その一言で、有希の頭に、あの老人のことが浮かんだ。
すると、有希の頭の中で、なにかがキレた。
バシャッ!!
「ふざけんな!!」
有希は、持っていたグラスの中の水を、赤井に思いっきりかけた。
赤井の顔が水に濡れ、シャツが、びしょびしょになっていた。
「なっ!?」
これには、厨房に居た店主が口を開けて驚いた。同じく、水をかけられた赤井も。
「なにすんだ!てめー!!」
迫力はなく、奴は座りながらも、怒り気味に叫んだ。
「あんた!紅美さんが居るから、店主と僕には優しいけど…、あんな、お年寄りに、あんな、ひどい脅しして借金返させようとするのかよ!!」
有希も負けずに叫んだ。
その言葉で、赤井は今日の昼間のことを思い出す。
「なんで、お前が、それ知ってんだよ…」
赤井は聞くが、頭に血が昇り上がった有希は、聞く耳を持たなかった。
「うるさい!なんで、紅美さん居る時みたいに、あの年寄りに優しくしないんだよ!!あんた、最低だよ!!!」
と、有希は言いたい放題言った。
赤井は、それを黙って聞くと、そのまま、席を立って店から去った。
店主の顔からは、血の気が引いていた。
そして、閉店の時間になったので店を締め、紅美が居ない茶の間に、有希と店主が居た。
今日あった事柄すべてを、店主がビール飲みながら、有希から聞いた。有希は、言いすぎたと思いながらも、まだ怒りが消えなかった。
「確かに、奴はヤクザだしな…。一応…。俺たちには、優しくしてるが、か弱い老人を脅してる姿を見ちまえば、奴に失望するのも無理はないな…」
と、店主はタバコをくわえながら言う。
「だけどな…。人が人を嫌いになるのは、そいつを好きにならなきゃ、嫌いにはならないし、嫌いにならなきゃ、そいつを好きにはなれないぞ」
と、店主が言う。
だが、有希には意味が解らなかった。
翌日の昼間。
買い物帰りに、喫茶店に寄って、アイスコーヒーを飲んでいた有希は、耳を疑った。
昨日、奴が脅していた老人が有希の後ろの席に、友人達と座っていた。
あの老人は、高笑いだった。
「楽勝よ、赤井の奴なんざ。あいつはガタイがいいから、怖く見えるだけのアマチャンよ。とりあえず、泣いて謝ってれば、手も出さないで、金も取らずに引いてくれるしよ。あいつだったら、死ぬまで、借金返さずに済みそうだぜ」
その老人の言葉が、有希の胸の奥を、まるで鋭利なナイフで、何度も刺すように貫いて行く。有希は、まだグラスに残っているアイスコーヒーが、喉を通らなくなっていた。
それでも、老人の言葉が耳に入り込む。
「知ってるか?赤井の奴、借金の回収が悪いから、組の幹部から、ひでぇ目にあってるらしいぜ。それでも、無事で居るから、バケモンだな、あいつー」
「あと、ろくに組からも、金貰えてないから、極貧生活だってよ。飯も、ろくに食ってないらしいぜ」
だから、奴は店の会計が払えないのか…。
「まぁ、おかげで、俺は借金返さずに、ギャンブル出来るわけよ、ハハハ!!」
有希は、アイスコーヒーを残して、フラフラと店から去った。
老人に対しての怒りより、先走ってしまった自分の青さと、赤井が見た目には解らないくらいに、辛い目にあっているという事実に、胸が詰まって涙がこぼれた。
赤井は、公園のベンチに座っていた。そして、木々を和やかに見つめていた。
そんな彼を、有希は見つけた。有希は、息を切らしていた。走ってまで、赤井を探していた。
「ん?」
赤井も、有希を見つけた。そして、汗だらけの有希を黙認したまま、視線を、また木々に変えた
有希は走ってまで、赤井を見つけたのは、謝りたかったからである。なのに、言葉が出なかった。彼のことを、必要以上に知ってしまったからだ。
だから、なにも言えなかった。
が…。
「ああー、腹減ったー。どっかの馬鹿のせいで、メシ食いそびれたしー」
赤井が、そう言った。
有希は、ポカーンとした。
「さてと、紅美さんとこに、メシ食い行くかなー」
と、ベンチから立ち上がった赤井が有希に近づいた。
「なに、ぼーっ、としてんだ。さっさと、紅美さんの手伝いしろ。バカ!」
そう言って、有希の背中を叩いた。何事もなかったように。
思わず、有希の目から涙が、またこぼれてしまった。
「すいませんでした…」
泣きながら、有希は謝った。
すると…。
「いいから、早く手伝いしろ」
そう言って、赤井は有希の背中を、また叩いた。
「あと…」
赤井は、なにかを言おうとした。それで、右腕を大きく振りかぶり…。
バゴッ!
有希の顔面を思いっきり、ぶん殴った。
「昨日のお水、冷たかったぞ…。バカヤロウ…。すみませんって、レベルじゃねぇぞ…」
実は、かなり根に持っていた赤井は気が済まなかったらしく、有希を殴り飛ばした…。
有希は、ぶん殴られながら思った。
『やっぱり、こいつは最悪だ』
と…。




