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絹あい  作者: 夢雲まり
2/2

元旦

変な長崎弁ですがご了承ください。

 遠くの方で、新年を告げる鐘の音が鳴る。

 蒼宮男爵家の台所で皿洗いをしていた珠子の耳にも、その音が聞こえてきた。

 ふっと顔を上げれば、周りにいる女中の先輩達も皆動きを止めてその音を聞いていた。だが、音が聞こえなくなれば互いに「明けましておめでとう」と言い合って、また慌しく動き始める。

 男爵家ではこれからまだまだ宴会が続くのだ。新年といえど休んでなどいられない。

 珠子も一時手を休めて、近くにいた女中達に新年の挨拶を済ませ、まだ残っている皿を片付けに取り掛かる。

と、隣から皿を拭いて片付けていた先輩女中たちが、新年になって気が緩んだのか、なにやら話しているのが聞えてきた。


「ねえ、お嬢様、何かこの頃変じゃなか?何かそわそわしとるよね?」

「ああ、知らんの?ほら、異人さんに入れ込んでるらしかよ。急に異国の言葉勉強しとったでしょ。あれ、異人さんと話しばするためらしかよ。なんでも、男前な手妻師なんげて」


 『手妻師』

 その言葉を聞いて、珠子の手は一瞬止まる。だが、すぐにはっとなり平然と皿洗いをするため手を動かした。周りをチラリと見回したが珠子の動向に誰も気付かなかったようだ。小さくほっと息をつき、先ほどよりも注意深く隣から聞えてくる話に耳を傾けた。


「ああ!聞いた事ある。すごう綺麗な金色の髪の手妻師でしょ?神出鬼没で、そん異人さんば見れば幸せになれるって」

「そん手妻師だばってん、どうやったんだか今日お屋敷に来るらしかよ」

「本当!?」

「うん。坊ちゃん達が話しとるの聞いたと。何でも、お嬢様の我侭を男爵様が聞いたらしかよ」

「わぁ!じゃ、私達も会ゆっかしら」

「さあ、どうかしらねぇ。込んだけ忙しか。さ、これで最後!」


 そう言って、拭き終わった皿を持って二人は棚のある方へといってしまった。

 珠子も洗い終わった最後の皿を桶の中へと入れる。顔をあげれば、いつの間にか台所には珠子しかいなくなっていた。恐らく、皆広場の方へと移動したのだろう。

 しんと静まりかえった台所で珠子は一人手ぬぐいで手を拭いた。そして、そっと懐に手を入れる。

 そこから出したのは、綺麗に畳まれ白いハンカチーフだ。

 後で、夏元堂の若旦那に言われたことだが、これは絹で出来た高級な布らしい。外国語ではシルクハンカチーフというと教えられた。

 そんな、綺麗な布を女中部屋に置いとくのも心配で珠子はずっと手元に持っていた。


「今日、あの人が来るんだ・・・・・・」





 そして、その時は意外とすぐにやってきた。

 珠子が大量にあった食器を全て洗い終わり、そろそろ給仕の手伝いに行こうと宴会場に向かっていた時であった。広いお屋敷とは言え、夜の廊下は寒く足早に歩いていると俄かに先のほうから騒がしい声が聞えてくる。

 何かあったのかと珠子が顔を上げると、そこはちょうど玄関先へと曲がる廊下の角の辺りで、そこに数人の女中達が身を寄せ合ってこそこそと覗いているようだった。

 

「どうしたんだろう? 給仕はいいのかな?」


 まだ宴会は終わっていないはずである。

 不思議に思った珠子が女中達の後ろにいっても、彼女達は気付く事無く夢中に玄関先をのぞき見ていた。それも、皆、大分興奮した様子だった。

 こうなると、自身も気になるのが人間の性というもので、珠子も女中達の隙間から一緒になって顔を覗かせた。

 玄関先には男爵と、側に侍従長と女中長がいた。そして、彼等に挟まれるように西洋のドレスで正装した男爵家のお嬢様、桜子がいた。後ろから見ても、やはり貴族のお嬢様は違う。同じ年頃だというのにとても大人びて見え綺麗だなぁと珠子の口から思わず溜息が洩れた。

 今は宴会の最中であるはずだが、どうやら、誰か重要なお客が来たようでお出迎えをわざわざしているようだった。

 と、男爵と桜子の隙間からちらりとその客の姿が見えた。その瞬間、周りからは小さな黄色い声が上がる。


「あっ・・・・・・」


 珠子もその姿に思わず声を上げて目を見開いた。

 男爵はそのお客に対して、大層嬉しそうに両手を広げて歓迎していた。


「やあ、ようこそいらっしゃいました。ミスターアラン」

「お招きいただきまして、アリガトございます」


 そう言って、アランと呼ばれた金髪の異人の男性は片言な日本語で挨拶をし、胸に真っ白なシルクハット抱いて綺麗なお辞儀をした。そして、顔を上げると男爵の隣にいた桜子を見てにっこりと微笑んだ。


「こんばんわ、レディーサクラコ。とっても、ビューティフルですねぇ」

「ま、まあアラン様お上手です事。て、テンキュー」


 そう言って、頬を染めながらも満更でもない顔をして頬に手をそえ、うっとりと桜子はアランを見つめた。その顔は、明らかに恋する乙女の顔だ。そんな二人の様子を見て、男爵も満足そうに頷いている。

 離れた廊下の角で、その様子を見ていた女中達はその様子に興奮が頂点に達していた。


「わあ!あれが手妻師さん!?凛々しかぁ」

「私も!私も見たい!」

「ちょっと、押さんで!」


 周りで女中たちがお客を一目見ようと狭い場所で押し合い圧し合いを始めた。そんな周りが俄かに騒がしくなる中、珠子は男爵達がこちらに向かってくるのをじっと見ていた。いや、見ていたのは男爵ではなく、その後ろにいるアランの方だ。


(アラン様っていうんだあの人)


 思いがけず名を知ることが出来た。今日の、いやもう昨日の昼間に出会った異国の人が直ぐ目の前にいる。

 珠子は気付かない内に懐からシルクハンカチを取り出してぎゅっと握った。

 まさか、こんなに早く再開できるとは思いもよらなかった。

 男爵に連れられたアランが今にもこちらに向かって来る。

 

(また会えた。返さなきゃ。でも、どうやって・・・・・・)


 と、その時だった。

 突然、珠子は後ろから物凄い勢いで押された。


「きゃあ!」

「「「「「あっ!」」」」」


 すっかり、周りが見えてなかった珠子は足で踏ん張る事もできず、そのまま廊下の角の外へと身を乗り出してしまった。しかも、勢いが止まらずそのまま廊下の前へと足が進んでしまう。


(転ぶ!)


 珠子は転ぶ衝撃に備えて目を閉じた。だが、廊下に転ぶ前にどんと何かにぶつかり受け止められる。


 周りがシンと静かになった。

 珠子がその事に気がついて、恐る恐る目をあけると目の前に真っ白な服があった。

 えっ、と驚いて顔を上げれば、青い瞳とかち合う。

 そこには、珠子の両肩を抱きとめ、目を円くして驚いた顔をしたアランがいた。珠子は何が起こったのか分からず呆然とその顔を見つめかえす。

 アランは数度瞬きを繰り返していた。そして、ちらりと下に視線を向けた途端、少し目を見開いてからふっと輝くような微笑を浮かべた。

 その瞬間、珠子の目にはその微笑がキラキラと輝いて見えた。まるで、つい最近、夏元堂で立ち読みした西洋の御伽噺話に登場した『王子様』のようだと思った。

 その微笑に、珠子は状況も忘れてすっかりぼおっと見惚れた。

 

「何してますの!!お離れなさい!!」

「へ?」


 だが、突然近くから聞えた金切り声に、珠子は夢現のままぼんやりと目をやった。

 そこには目を吊り上げた桜子の顔があった。その横には、同じく鬼のように目を吊り上げて真っ赤にした男爵の顔がある。

 はっとして、周りに目をやれば横には息を呑んで凍り付いている女中達と、男爵達の後ろに顔を青ざめてこちらを見る侍従長と女中長がいた。

 珠子は慌ててアランから離れた。


「あっ、ああ!も、申し訳ありません!!」


 兎に角どうしていいかわからず、精一杯頭を下げて、後ろに後退りする。

 後ろに下がりすぎて、ドンと固まっていた女中達にぶつかるが誰一人としてそんな事など気にしなかった。 

 ただただ皆、目の前の男爵を見て血の気が引いて動けないでいた。

 

「お前達!!何をしている!!お客様の前だぞ!!」

「「「「「「も、申し訳ございません!!」」」」」


 男爵の怒鳴り声に、やっと女中たちも震える声で頭を一斉に下げる。

 その間、ずっと珠子は頭を下げたままだった。チラリと横を見れば先輩の女中の握り締められた手が震えているのが見えた。

 珠子の耳には、怒鳴った男爵の深呼吸する荒々しい息が聞こえた。だが、直ぐに息を整えた男爵は苦笑いを洩らしてアランに向き直ったようだった。


「大変失礼致しました。お恥ずかしい所を」

「いえいえ、それよりもそのレディーですがっ」 


 そう言って、アランがこちらに手を伸ばしたのが分かった。

 どきりと胸が鳴ったが、その手が届く前にすっと陰が射した。


「お気になさらないで、田舎からきたただの女中ですわ。さあさあ、早く参りましょう」

「え?でも、あのっ」


 そんな戸惑うような声が遠ざかるのと同時に、前から影が消え、桜子達が立去っていくのを感じた。

 珠子は頭を下げたまま、ちらりと彼等が立去った方へと目を向けた。そこには、桜子に腕を引かれて歩くアランの姿が見えた。

 と、アランがこちらを伺うようにチラチラとこちらに視線を向けた。だが、それも一瞬の事でまたすぐにアランは桜子に話しかけられて前を向いてしまう。

 そんな彼等が立去るのをじっと見ていた珠子は、自分の前に再び影が射した事にすぐには気付かなかった。


「貴女達!何て事をしてくれたの!」


 突然、近くから聞えた女中長の声に珠子ははっと顔を上げた。

 そこには、怒りに目を吊り上げた女中長が珠子の顔を見て目じりを引きつかせていた。


「あなた、この間入ったばかりの雪代さんよね。まったく、とんでもない事を!」


 そう言って、女中長の手が振り上げられたのを見て珠子はぎゅっと目を瞑った。





 外のひんやりとした空気が、熱い頬を撫ぜていく。

 月明かりが照らす薄暗い庭で、珠子は一人裏庭にある井戸の水を桶に汲んでいた。冬の冷え切った水に布を浸し、手が痛くなるのも我慢して絞る。そして、熱をもった頬にその布を宛がった。

 キンとひんやりした感触に一瞬体が萎縮するが、すぐに頬の熱を奪い去ってくれる。

 珠子はその心地よさにほっと溜息をついた。


「女中長ひどい。なんで私だけ怒られるの・・・・・・」

 

 目を瞑った後の衝撃は今でも忘れられない。あの場にいた女中達は皆悪いはずなのに、何故か騒いでもいない、ただ押されて飛び出した珠子だけが怒られた。先輩達も初めは気の毒そうな顔をしていたが、誰も怒られたくないのか、弁解をしてくれるものはいなかった。

 叩かれた頬は、予想以上に強く力が入っていたのか、熱を持って腫れてしまい人前にでるには支障が出てしまうほどになってしまった。女中長が立去った後、数人の先輩達が申し訳なく思ったのか、心配して仕事を代わるといいだし、珠子は頬を冷やすために庭にやってきたのである。

 遠くからは、夜半も十分過ぎたというのに宴会の騒がしい声が聞えてくる。時々、大きな歓声が聞えてくるためもしかしたらアランがまた手妻を披露しているのかもしれなかった。


(私も、もう一度見たかったなぁ)


 ジンジンと傷む頬を布越しで押えながら、珠子は昼間に見た手妻の感動を思い出しながら、ぼおっと月を見上げた。また、あのアランのキラキラと輝く姿が見たかった。

 宴会の喧騒さえ無視すれば辺りは静かな夜だった。時折、吹く冷たい風が庭を通り過ぎ、僅かに葉が落ちた木を揺らしていく。

 ふいに、言い知れぬ寂しさが広がった。


「ダイジョブですかぁ?」

「!?」


 突然後ろから聞えた声に、珠子は驚いて体が跳ね上がった。驚きすぎて声も出せず、息を呑んで後ろを振り返る。そして、再び驚きに今度は目を見開いた。

 そこには、宴会場にいるはずのアランが、心配そうに眉尻を下げてこちらを覗き込んできていた。


「あ、アラン様!? ど、どどど、どうしてっ」

「ああ、ちょっと涼みに来たんです。レディー、あのあとオコラレたんですね。ああ、とてもイタそうです」

 

 アランはそう言って、珠子の布で押えている頬にふいに手を伸ばした。

 ドキッとするも、避ける前にそっと押えていた手を取られまだ腫れの引かない頬をじっと見られる。よほど酷くみえたのか、アランの顔が痛ましそうに眉が顰められた。

 その一方で、珠子は顔の熱がドンドン上がっていった。そっと手にとられたまま放してくれない手や、息がかかりそうなほど近くから顔を見られていることに心臓がバクバクと鳴り出す。


「あれ? なんだか顔がアカクなってきてますよ? もしかして、ネツがでましたか?」


 顔が赤くなったことに気がついたアランが、さらに心配そうな顔をすると何故かずいっと顔をさらに近づけてきた。後から考えれば、額を合わせて熱を測ろうとしてくれていたのだろう。

 だが、この時の珠子はそんな事はもう考えられないほど頭が混乱した。

 急に近づいてきた顔に動揺してあわあわと両手を前に出して体を仰け反らした。


「あ、あああ大丈夫です! 大丈夫です! あ、ああああ、そうだ!こ、こ、これ、あのこれ!」


 焦った珠子は慌てて懐からあのシルクハンカチを取り出した。

 ずっと持ったままだったハンカチ。

 焦っている頭でも、この絶好の機会に返えさなくてはと思い至り、珠子は必死でそのハンカチをアランに差し出した。

 と、アランはそのハンカチをじっと見つめて、そして珠子の顔をじっと見た。

 いつまでも何故か手に取らないアランに珠子が首を傾げると、突然あらんがふっと嬉しそうに微笑を浮かべた。


「ああ、やっぱりアノ時のレディーだったんですねぇ」

「え?」

「ヨカッタ。やっとアエマシタ。あのトキはジャマが入ったから」

「はい?」


 そう言って、突然クスクスと笑うアランに珠子はさらに混乱を極めた。結局受け取ってもらえないハンカチを持ったまま呆然とアランを見つめているしかない。

 暫くして、笑いを何とか収めたアランがそんな珠子を見て、思い出したように微笑んで言った。


「ああそれ、アゲマス。レディーの方が必要デショ?」

「え? でも、もう私にはっ」

「というか、貰ってクダサイ。むしろ貰ってホシイデス」


 と、アランはにっこりと笑って方目を瞑って微笑んだ。

 そのなんとも愛嬌がある微笑みに、珠子は目を円くしてぱちぱちと瞬きを繰り返した。優しげな口調で笑っているはずだが何故か「断らないよね?」という妙な脅しに聞えるのは気のせいだろうか。

 珠子が戸惑っている様子を見て、アランが再びふっと笑った。


「ドロだらけのレディー? ボクはアランといいます。レディーのお名前をお聞かせネガイマスカ?」


 そう言って、アランは戸惑ったままの珠子の手を再び奪わった。すると、突然手の甲に顔を近づけてチュっト唇を落とした。

 その光景を呆然と眺めていた珠子の顔は、今まで異常に真っ赤になったのは言うまでも無い。




 これが、異国の手妻師に仕掛けられた絹のような初恋の始まりだった。 



と、中途半端な感じですが短編ですのでここで終わりです。

シナリオの勉強の為に書いた、話しなのでかなり中途半端な終わりですがご了承ください。

本当は元日に更新したかったのですが、できなかったので。旧暦の元日に更新いたしました!!

アランさんが今後珠子ちゃんにどんなちょっかいをかけていくのか、妄想しながらニヤニヤしてみてください(笑)

ちなみに珠子ちゃんの容姿は小柄なおかっぱ頭の可愛らしい感じの女の子です。ザ・日本人形みたいな感じでしょうか。ちなみに年は16歳くらい。

そして、手妻師という言葉がでてきてますが、要するに手品師の事です。夏元堂の若旦那が言っていた「洋妻師」というのは、外国人の手品師の事です。時代が大正くらいをイメージしているのですが、果たして時代的にあっているのか、時代考証をあまりしないで書いたのでその辺りは目を瞑ってくださいね。



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