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僕と親友のよしなしごと

雲の切れ間に揺れる青

作者: 神近由恵

 ぽつり、ぽつり。

 降っているのだかそうでないのだかわからないくらい小さな雫を目で追う。久しぶりに傘のいらない日になって、僕は少しだけ上機嫌だった。今日は頭痛も大人しい。ふんふんと鼻歌交じりに校門へ向かう。門を出しなにちらりと校庭を見やると、まだ大きな水たまりがいくつか残っていた。一日で乾きそうもないし、これじゃ、明日の体育の授業はまた屋内だな。蒸し暑くなるから、梅雨時の体育館はあまり好きじゃない。けれどまぁ、今はそんなことはおいといて、久しぶりの青空を堪能しよう。快晴ではないし、時々雫が顔を濡らすけど、気に留めるほどのものじゃない。

「今日は機嫌いいな」

「青空だからね」

「よくわからん理由だ」

 僕に遅れてやってきた友人が隣に並ぶ。

「確かに、明日からまた大雨だって予報が出てると、今日は過ごしやすいと思えるな」

「ほんと。早く梅雨明けしちゃえばいいのに」

「それは俺じゃなくて梅雨前線にでも言え」

「言ったら避けてくれるのかい」

「それはわからんな」

避けるはず無いだろ、とは思ったけど、わざわざ口に出すのも無粋なのでやめておいた。代わりに冗談を返して、それからまた別の話題へ。僕らはあまりひとつのことに関して長く話したりしない。たまにそういうこともあるけれど、基本的には思いつくままに好きなことを話して、話すのに疲れたら二人共黙って、そんなことの繰り返しだ。それが結構楽だったりするのだけど。きっと口に出したら友人は調子に乗り始めるので心の中に閉じ込めておく。

「それで、今日は寄り道か?」

「その通り。CDでも見に行こうかなって」

「何処へだ?」

「んー、3丁目のところかな、近いし」

「確かそこ、本屋と一緒になってたよな。俺も行くぜ」

「言うと思った。新刊でも出たの?」

「いや、今月のは来週なんだが、先月買い損ねたのがあってな。今日は濡れる心配もないし、ちょうどいいだろ?」

 歯を見せて破顔する彼に僕も笑い返す。そして、二日前の雨で教科書やノートが鞄ごとびしょ濡れになって、妙に厚く、しかも波打ってしまったことを思い出した。

「この間は鞄の中まで濡れちゃったしね」

「そうなのか?」

「うん、お陰でノートの文字が滲んじゃって。世界史とか酷かったよ」

「使い物にならなくなったか」

そう言って友人が肩を揺らす。

「笑い事じゃない」

「すまんすまん」

口では謝りながらも顔は笑ったままの彼を軽く睨めつけた。僕にとっては結構な死活問題だったりするんだぞ。テスト前だし。

「そういえば世界史はノート提出だったはずだが、大丈夫か?」

「あ……! 全然大丈夫じゃないよ!」

「犠牲になってたか……」

「……どうしよう」

「そのまま出すしかないだろうな」

その答えに曖昧に頷く。頭の中ではどうしよう、という言葉だけが何度も何度も巡っていて、変な汗でも噴き出しそうだった。無意識にマイナス方向に思考が動いてしまって、口の中が渇く。せっかく気分が晴れてたのに、あぁもう。

「仕方ないさ、悪いのは雨だろ?」

「まぁ、そうだけどさ……」

「俺は今物理のノートをついうっかり濡らしてしまおうかと本気で考えてる」

「……故意にやるのは駄目だろ」

「だよな……理社はロッカーに入れっぱなしだから、雨に濡れるなんてことはないし……」

ぶつぶつと、真剣な顔で呟く彼に思わず苦笑し、そんな態度で授業は大丈夫なのかと聞いてみる。

「大丈夫、かは知らんが、まぁ、数学よりはできるだろ」

「数学が最底辺、と」

「中学時代から不変だぜ」

「得意教科は何だったの?」

「んー……国語か公民だな」

「へぇ、意外。公民より歴史かと思ってた」

「あぁ、歴史はな……嫌いではなかったが……まぁ」

そこで一度言葉を切り、友人は嘆息する。それから、「ぶっちゃけ先生が良くなかった」と言い放った。恒例の、幸せが逃げる冗談を挟む暇はなかったけれど、なんというか、既に逃げたそれを追いかけるのなんて諦めてしまったような、とても荒んだ目をしていたから、笑って流しておいた。

「ま、今は世界史が楽しいからいいんだけどな」

「その世界史に注ぐ情熱の1%でも数学に回せばいいのに」

「一生かかっても無理だな」

「開き直り早いなぁ」

即答だったし、本気でそう思っているような口振りだった。揺るがない意志というか、凄みのようなものを感じる。絶対に真似はしたくない。

「数学で赤点取りすぎて留年なんてことにならないようにね」

「西塔に土下座する覚悟はできてる」

「勉強する覚悟を先に決めろよ……」

呆れついでに嘆息を落とす。

「折角の幸せが逃げちまったぞ」

「大丈夫、逃げたのは君の幸せだから」

「お前いつの間にそんな技を会得したんだ」

 友人はなんだか大袈裟な反応をしてから、思い出したように別の話をし始める。今度は最近読んだ本の話だった。友人はかなりの本読みでもあるから、僕よりも格段に知っている量が多い。どんな本だったとか、文体がどうとか、そういう話を聞くのは結構楽しかった。

 ぱしゃ、と、昨日の大雨の名残が、僕の足元で撥ねる。なんとなく覗いてみると、自分の笑顔と雲の切れ間にさす青空が、波紋に揺らいで混ざり合っていた。

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