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転校生

 シュテリウス歴 1403年。

 大陸の東の果ての辺境の地アスカで、一つの戦いがあった。

 突然、既に消え去ったとされる『死の大天使達』が復活し、地上にあることごとくの物を蹂躙し破壊し尽くしたのだ。人々はなす術もなく、踏みにじられるままにまかせていた。

 少年はその時目の当たりにした。正義などという人のつくり出した概念が、少しも通用せぬ世の理を。

 そして、一つの国が地上から姿を消した。



 リタ・カレインスキーはリヒトル公国のカレンスキー伯爵の2女である。

 貴族の娘ながら跳ねっ返りで、刺繍よりも馬を、花よりも剣を好む娘だった。彼女の貴族の子女らしからぬ性格と行動は、それだけでも両親の悩みの種であったが、さらに困った事に彼女には魔法の才があった。魔法の才……それは、今の世においては必ずしも歓迎すべきものではなかった。長きに渡る魔法戦争が生み出した惨禍を目の当たりにした人々は、魔法を尊ぶどころか、危険なものだと認識し、現代では、魔法使いとは危険人物、もしくは卑しい者とされ、忌避される存在となっていたのである。

 しかし、リタが自分の与えられた才能を卑下する事は決してなかった。むしろ、彼女は天から与えられたこのギフトに感謝していた。そして、14の年になると帝国の都にあるセント・シュテリウス魔法学校への入学を希望した。

 セント・シュテリウス魔法学校が開設されたのは、今から5年程前の事だ。

 それは、表向きには、現代において数少なくなった魔法使いの保護と、魔法文化の継承を目的に作られた物であった。

 『魔法の才能を持った人材を幅広く受け入れる』というキャッチフレーズの下、大陸の全ての国から生徒を広く募集し、各地から魔力を持ったが続々と集い、また学院も受け入れた。どんなわずかな能力であっても、魔法使える者は歓迎されたのである。

 ここに入学した物は、あらゆる魔法を習得する事ができ、さらに成績優秀な者は、卒業後、大魔導士として各国の王に仕えるチャンスも約束されていた。好奇心旺盛なリタが飛びついたのも無理のない事である。

 しかし、リタの両親は彼女の申し出にひどく困惑した。ただでさえ忌まわしき者とされている魔法使い。そのような者の集う学園に入れたとあっては、リタの将来にも響くのではないかと心配したからである。魔法の才能は隠し通せばいい事だが、広まった噂は隠せない。

 しかし、リタは譲らなかった。せっかく与えられた才能を伸ばしたいというのが彼女の偽らざる気持ちだった。それであれば……と、両親は娘の希望を叶えてやる事にした。そして、修道院にでも送り出すような気持ちで娘を送り出した。そんな学校に入った以上、もう娘にはまともな縁談は望めないかもしれない。



 5月。

 新緑が芽吹く頃。

 校舎の窓から見えるライラックもあおく芽吹いている。

 教室内では歴史のカルガス教授の眠たげな声が響いていた。

「こうして、シュテリウス歴 1003年、初代アルトリウス帝の登場により、200年に渡る魔法戦争は終結しました。しかし、その後、それまで各国の権力と結びつき、その中枢を握りしめていた魔法使い達への民衆の怒りが爆発します。この事により魔法帝国ーー別名神聖ブルクス帝国ーーは崩壊し、その後、各地で魔法使いへの迫害が始まりました。多くの魔導士は大衆の力におびえ、その力を自己の奥深くに封印しました。封印された魔力はだんだん退化し、代を重ねるにつれ魔法を使える者はいなくなっていきました。さて、この時、魔法使いの魔力を封じるために使われたのはなんでしたか。エド・ワトソン」

「はい。反魔力装置です」

「結構。では、反魔力装置の効果と原理とは? クラウド・クレイソン」

「魔法使いの詠唱する全ての呪文を無効化するものですが、その原理は今だに解明されていません」

「結構。それでは、この装置を開発したと言われている伝説的な魔法技師の名前は。ミス リタ・カレインスキー」

「……」

「リタ・カレインスキー?」

「……」

「リタ、リタ」

 クラウドが、隣の席で眠っているリタを揺さぶる。しかし、リタは眠ったままだ。

「リタ・カレインスキー! 起きなさい!」

 ついに、カルガス教授の怒りが爆発する。

 慌てて飛び起きるリタ。級友達の笑い声が広がる。

「え? えっと、なんでしたっけ?」

 イマイチ状況の分かっていないリタにカルガス教授が言う。

「質問に答えなさい。反魔力装置を開発した伝説的な魔法技師の名前は?」

 すると、リタは桜色の長い髪を揺らして首をかしげながら答えた。

「え? え……と、たしかポムポムもふもふ……でしたっけ?」

「ぷっ!」

 リタの隣席のマリアンヌが吹き出す。

「もう結構。そのまま立っていなさい。それではミス マリアンヌ・オブライエン。答えてください」

 すると、金髪のマリアンヌはツンとすまして答えた。

「はい。ワイズ・ポムリニモフですわ」

「よくできました。結構。ミス カレインスキーは今日やったところを、ノートに10回模写してくるように」

「そんなあ……」

 リタは涙目になる。

 

「ばかだなあ。カルガス教授の時間に居眠りするなんて」

 リタの席の正面に腰掛けてクラウド・クレイソンがいう。クラウドはこのアルトリウス魔法学校でのリタの最初の友達だ。ブロンドの髪にエメラルドの瞳のいかにも育ちの良さそうなおっとりとした少年。こう見えても、帝国の元帥の息子らしい。

「だって、夕べ寝てないんだもん」

 リタは膨れっ面で答える。

「寝てない? なんでだよ?」

「今日の4時間目の魔法科学の時間に、魔法術式の暗唱テストがあるでしょう? あれの暗記をしていたら、一睡もできなかったの」

「あ、そういえばそうだっけ?」

「そうだっけ……って、何? その軽い反応。まさか。暗記してないとか?」

「してないよ。だって、あんなの覚える事じゃないじゃないか」

「そりゃ、クラウドはそうでしょうね。ほとんどの属性魔法使えるんだもん。でも、私は火と水の魔法しか使えないから」

「そんなの関係ないよ。あれは頭で覚えるんじゃなくてハートで覚えるものだって、エメラダ女史も言ってたじゃないか」

「それが、できないから苦労してるんです!」

「できるってば。ボクだってできるぐらいだからさ」

「何? その卑下自慢。そういう中途半端なはげましが、『できない人間』を一番傷つけるのよ」

「リタはできない人間なんかじゃないって。できるよ!」

「ああ、だからその前向きさが私の心をえぐるのよ。もう、いいから。話しかけないで! 覚えた術式が全部飛んじゃう」

「はいはい。スイマセンでした。ボクは去りますよ」

 クラウドはそういうと「頑張れ」と言って自分の席に戻っていった。

「頑張れっていわれても」

 リタはため息をつく。

 本当に魔法科学は苦手なのだ。魔法術式のあの細かい数式やら呪文は暗号にしか見えない。しかし、自分の不得意な属性魔法を使うためにはどうしても必要なんだそうだ。『魔法使いともあろうものは、全ての属性魔法を使いこなせなければなりません。そのためには世界を構成する原理と、元素をくみ上げる術式を理解しなければなりません。そのために、さあ、皆さん、頑張ってこの公式をマスターしましょうねー♪』これが魔法科学のエメラダ女史の口癖だ。

 けれど、その公式が難しくてどうしてもリタの頭には入ってこない。なにしろ、覚えろと言ったって短くてもノート1ページ、多いものになるとノート3ページ分もあるのだ。それが、魔法の種類だけある。ゾロゾロと並んだ記号と数式を覚える程リタにとって苦痛な事は無い。

「どうせ、あたしは二つの魔法しか使えないわよ」

 リタは頬に手をついてつぶやいた。

 情けない。

 まさか、自分がこんなにふがいないとは思ってもいなかった。

 リタは、幼い頃から自分は特別と思って暮らしてきた。公爵の令嬢という身分もさることながら、魔法を使えるのが自分だけだという事を知っていたからである。幼い頃から心の底で魔法を使えない人間を哀れんでいた。そのうぬぼれは、この学園に入ってあっさりと打ち砕かれた。世界には自分よりも優秀な魔法使いがいくらでもいる事を思い知らされたからである。両親を説き伏せてこの学院に入ったものの、既にくじけかけている自分がいる。


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