永劫の志
斉藤一メインです。
できるだけ史実に近づけるよう
努力はしておりますが、
史実のイメージを壊されたくない方はお気をつけ下さい(>_<)
では楽しんでお読みください^^
―時は、慶応4年。
会津若松城下の旧幕府軍の陣では、敗走した旧幕府軍側の兵たちが傷を癒していた。
(暗い)
斎藤一は、いつにも増して夜が暗いと感じた。
ふと見上げると、縁側の屋根越しに見える空は、月は無論、星1つ見えない。
ただ重そうな雲がうねうねと空を覆っているのみである。
とにかく蒸し暑く感じた。
(あれは…)
門を曲がると、縁側に座る人影が見えた。
あの長身に、豊かな髪は…
「土方さん」
「……」
新選組副長…もとい、今は局長であるのだが、その人は土方歳三だった。
最近彼が着始めた洋装ではなく、着流しを来ている。こんな時間であるから、当たり前ではあるが。
「斎藤か」
物思いに耽っている風だからか、酒を煽っているからなのか、気付くのに少々時間がかかったようだった。
「飲んで、大丈夫なんですか」
土方は酒に弱かった印象があった。
「そこまで飲んでねぇよ」
確かに、見た目には酔っているようには見えない。
「…そして、今は斎藤ではなく山口です」
「いいじゃねぇか、斎藤で。出会った時から最近までお前は斉藤だったんだ」
土方は2人の時は偶に間違えて斎藤、と呼ぶことがあった。
「……」
若干の沈黙。斎藤はこのまま通り過ぎるか迷った。土方の様子も少しおかしく思えたが、何と云っても、土方と自分2人で話が弾むとは思えなかったからだ。
「斉藤、お前も飲め」
何故かお猪口がもう一つ転がっている。
「はい」
土方に誘われたのは少し予想外だった。斎藤は素直に従う。別段話を弾ませなくとも、男2人、無言で酒を飲んだって、それはそれで良いものだろうとも思った。
土方の隣に腰掛け、生温い風に吹かれる。
「斎藤、」
「はい」
斎藤はおかしい、と思った。やはり様子がいつもと違う。
「総司が死んだ」
「……」
思わず声が漏れそうになった。別に漏れたところでそう支障は無いが。
――何にしても、この男は一体なんなのだ。
あまりにサラッと言ってのけるものだから、少し思考が遅れた。
やっと思考が追いついたと思えば、急に強い目眩がした。
「…そうですか」
沖田総司は労咳(肺結核)だった。
覚悟はしていたつもりだが、こうも目眩がするとは、自分の覚悟はこんなに薄っぺらい物だったのかと思わされる。
「今し方手紙が届いた」
「そうなんですか」
(この人も今知ったのか)
「目眩がするんだが」
「俺もです、副長もですか」
「……」
土方が少し驚いたように、斎藤を見る。
斎藤の返答が意外だったらしい。
「俺とて人です」
「そりゃあ俺も人だが」
人の死の報せの後、よくここまで淡々と渇いた会話ができるのか、2人自身ですら疑問だった。
「遂に俺達だけになっちまったな」
この台詞こそ、意外や意外。
「…はい」
(試衛館の同志のことか)
斎藤は土方に乗った。いくら土方だろうと、またいくら斎藤であろうとも、何故か1人になりたい気分ではなかった。とにかく、気持ちの整理がつかないのだ。こんな2人だから、表にはほとんどわからないが。
「…はい、って…本当お前は昔っから歳の割にかわいげがねぇな」
酒の力か、いつになく饒舌である。こんなにくだけた話をするのは一体いつ振りであろうか。
(本当に少ししか飲んでいないのか?)
そんな疑問を抱くほどである。
「それは…よく言われますが。平助も一番若かったですよ」
斎藤も、酒が廻ってきた。
「平助は歳相応だ、ありゃ。元気過ぎてうるせぇくらいだったが」
「永倉さんと原田さんがいなければもう少し静かだったかと」
斎藤も土方も、いつの間にか微笑んでいた。
「確かにな。俺と近藤さんは手を焼かされたもんだ。新八と左之も暴れまわってたな。総司は総司でありゃあ元気だった」
「沖田さんも俺達とそう歳は変わりません。それに山南さんも源さんも手を焼いていたように見えましたが」
「山南さんは皆を甘やかしすぎなんだよ、俺も含めてな。源さんは普段寡黙な癖に怒ると手が付けられねぇ人だったな」
「はい…2人とも誠に面白い方だった」
「新八と左之はどうしてんだか」
「あの2人はそんな簡単に死ぬタマではありませんよ」
「…だな」
すると一瞬、土方の目が鋭く前を向いた。
「お前は生きろ、斎藤」
「……。」
何を言い出すのかと思えば。
「平助は越したが、総司の歳も、近藤さんの歳も越してやれ」
土方は更に酒を飲む。
「……それは、また考えておきますが…。しかし土方さん、あんたの歳を越すのだけは御免だ。一生俺の上司でいてくださいよ」
自分は何を恥ずかしいことを言っているのか。しかし、不思議なことに、今は何の抵抗もない。
「ははっ、言ってくれる」
こうやって笑う端正な風体の男は、恐らく、いや、必ず、最期まで戦うつもりだろう。儚くなるまで、戦うつもりだろう。
無論、自らも最期まで戦う所存である。
「土方さんに、言わなければならんことがあります」
(明日にでも報告するつもりだったが、この際)
今言おうと、決めた。
「…なんだ」
「俺は会津に残ります」
「………。」
土方はやはりそうか、とでも言いたげに笑う。
「俺は、会津に恩を返さなければならない。新選組を受け入れ、何度も我らに手を差し伸べて下さった容保公に」
「あぁ。会津への恩返しはお前に任せる。お前なら…俺も安心して北に行けるってもんだ」
土方と斎藤は同時に空を見上げた。
(月明かりが…)
いつの間にか少し雲が薄れ、美しい三日月が見えた。星も少しだが煌めいている。
「永倉さんも原田さんも、間違っている」
「…?」
「俺は近藤さんの新選組を、新選組の志を、貫き通す…。俺は新選組から離れたりしない。俺は会津の地で…誠という志と共に、戦い抜きます」
「…あぁ、頼んだぞ」
土方は目を瞑り、また笑う。
「遂に1人になっちまうのか」
「それは俺も同じです」
「ま、元気でやれよ」
「副長も、どうかお元気で」
(声、が)
震える。
どうかしていたのだ。
土方にしても、斎藤にしても。
(この場合、どうかしている方が正常だろう。致し方あるまい)
こうも人前で感情を抑えられなくなるのは、幼少の時以来である。
「……。」
2人とも、何も言わなかった。
ただ、顔をぐしゃぐしゃに崩した2人の頬を生温い液体が伝う。
それが、最早何の為に流れるものなのか分からなかった。…心当たりが多すぎた。いや、その心当たり全てに対するものかもしれない。
「俺は、いつまでも…新選組副長、土方歳三だ」
「俺とていつまでも、新選組三番組組長、斎藤一だ」
***
あの時、別れの言葉は言わなかった。
また会おうなんて事も言わなかった。
ただ、それじゃあ、と言った。
また明日にでも会うような軽さで。
―時は、明治10年。
(土方さん、俺はあんたと同い年になってしまったよ)
「あんたの歳を越すのは嫌だと言ったのに…もうじきに越してしまうではないか」
斎藤一は、また空を見上げた。
明治の、しかも、会津ではない、豊後の空だ。
西南戦争の戦地である。
雲一つ無い快晴だった。
斎藤は死ななかった。
会津藩が降伏しても尚、戦い続けた。
しかし、容保公からの使者に説得され、やむなく戦いをやめた。
(土方さん、俺はまだ戦い続ける。あんたのように、また戦い抜いてみたいと思う。俺は俺のやり方で、みんなを弔おうと思う)
永倉は慰霊碑を建て、新選組の汚名払拭に動いている。
それなら斎藤は…また、戦地へ赴く。
(もしあの世などと云うものがあるならば…俺は、皆に笑われているやもしれん。この俺が土方さんと同い年なのだと…)
フフッと、斎藤は笑う。
そして、グッと、上を向く。
「行って参る」
新選組三番組組長斎藤一。
彼はこれから明治の世を見届け、生き抜いてゆくのである。
end
最後までお読み頂きありがとうございました!
ちなみに文中、
永倉や原田を批判するように
とられる場面があったかも
しれませんが、作者は2人とも
大好きです。物語上そのような形に
なってしまっただけですので、
ご了承ください(>_<)




