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九話

やっぱ今月中には完結できないや……。


その日、私は突然の雨の中帰路に就いていた。

テレビ局で収録を終えて、マネージャーさんに車で送ってもらっていた。

ぼんやりと、流れていく景色を眺めて憂鬱な感傷に浸っていた。

最近、仕事がうまくいっていない。今日もつまらないミスをして怒られてしまった。

頑張って勉強して入った高校だって、何だか楽しくなくて行きたくない。

みんなは良くしてくれる。でも、贅沢な話だけどその取り巻きが鬱陶しい。

まるで、遅れてやってきた五月病のように、やることなすこと身に入らなかった。

ビルが建ち並んだ景色から、いつの間にか所々に田園風景が広がる郊外にまできていた。

もうすぐ、家につく。

近くの公園を通りかかったときだった。


「――っ!止めて!」


私はある姿を見かけて、マネージャーに車を停めさせた。

降りしきる雨の中、私は傘もささず飛び出した。

マネージャーが何か言っていたけど、私は一目散に走っていった。

私の見間違いじゃなかったら、あの姿はゆー君だ。

でも、何でこんな雨の中を傘もささずに立っていたのだろう。

私の心の中に、黒いもやがかかったようだった。


「――ゆー君」


やっぱり、ゆー君だった。

表情は分からないけど、空を見上げていた。

既に体が冷え切っているみたいで、6月でありながらゆー君の吐く息は白い。


「……佐山…さん、ですか」

「こんなところでどうしたの!一体なにが!」

「関係…ない…です」

「関係なくはないよ。とにかく、お家に帰ろう」


私は、ゆー君を車が停まっている所まで引っ張ろうとした。

でも、ゆー君は動かない。


「ゆー君……?」


傘をさしたマネージャーが走って私達の方にやってくる。


「帰ろう。風邪ひくよ?」


マネージャーが私を傘に入れてくれた。でも、今は私よりゆー君をいれてあげて欲しかった。


「車で送るから……ねっ、マネージャー」

「ええ…」


それでも、ゆー君は空を黙って見上げているだけだった。

ゆー君の頬を、水滴が流れていく。

……もしかして、泣いている?


「……放って置いてくれませんか」


ポツリ。ゆー君は呟いた。


「放って置けないよ。こんな冷たい雨の中。風邪引いちゃうよ?だから帰ろう?」

「帰るってどこに」

「そりゃ、長澤の――」

「ふざけないでください!」


いきなりの大きな声に私は驚いた。

ゆー君は私を鋭い視線で射抜く。


「僕は追い出されたんです!」

「……えっ」

「養子縁組みを解消されたんですよ。僕にはもう……帰る所なんて……ありません」


何も、言えなかった。言葉が見つからなかった。

テンプレートな気休めの言葉なんて、何の意味もない。

拳を握りしめて、必死に何かを堪えているゆー君を見ていると、可哀想とか安い言葉は私には言えなかった。

だから、私は行動で表した。

震えているゆー君の冷えた体を、私は正面から抱き締めた。

とても冷たい。そして恥ずかしい。でも、今はそういう時じゃない。


「大丈夫」

「………」

「大丈夫だから。一人じゃないから。私がついているから」

「……っ」

「辛かったね。大変だったね。頑張ってきたね」「………っ」

「もう、大丈夫だから。だから、少しは気を許してもいいんじゃないかな」

「……ぁ」

「泣いても、いいんだよ」


その瞬間、ゆー君の十年間くらいの涙が溢れ出た。

今まで、私の知る限りゆー君は人前では泣かなかった。

だからきっと、今までの溜まっていたものが噴き出したんだと思う。

私はただ、腕の中で泣くゆー君を抱き締めていた。



恥ずかしい。

恥ずかしすぎる。

穴があったら全力で埋まりたいぐらい恥ずかしい。

いい歳して、思いっきり泣いてしまった。

しかも、知り合いの女の子の抱き締められて。

思いっきり泣いたからだろうか、さっきまでネガティブ一直線でまるで自殺しそうな勢いで陰鬱とした心境だったけれども、今はすっきりとして気持ち軽くなったようだった。


「ゆー君?」

「あっ、うん。もう大丈夫。落ち着いた。ごめんなさい」

「そう、良かった」

「うん、だから離してくれませんかねえ」


そう、僕はまだ佐山に抱き締められていた。

恥ずかしい。なにより恥ずかしい。

スゴく当たっているんですよ。胸とか胸とか。

降っている雨が、顔に当たった瞬間水蒸気になるんじゃないかと思うくらい、顔が熱い。


「やだ」

「うぇっ、何で?」


思ったより強く抱き締められて、抜け出すことは出来ない。

佐山の温かな体温が伝わってくることが、余計に恥ずかしさを増していた。


「だって、ゆー君の身体冷えているんだもん。温めないと」


佐山はさらに強く、僕を抱き締めてきた。

確かに佐山の体温は温かく感じる。つまり、僕の方が体温は低い。

冷たい雨の中、佐山は僕の身体を冷たく感じるはずなのに、抱き締めているんだ。


「あの、とにかく車に戻りましょう。このままだったら二人とも風邪引きます」


確かにその通りだ。

僕は佐山が乗ってきたという車に便乗させてもらうことになった。

どうやら、撮影の帰りに偶然僕を見かけたらしい。

マネージャーさんだという女の人がそう言っていた。


「どうします。このまま送りましょうか」


車の中。濡れ鼠の状態でシートを汚す羽目になって申し訳ないと思っていると、マネージャーさんがそう言ってタオルを渡してきた。


「あ、僕帰る家ないんで、近く駅にでも降ろしていただければ……」


僕は受けとったタオルで、濡れた頭を拭く。

濡れてへばり付く服が気持ち悪い。


「そこからどうするんです」

「あ〜、しばらくはネットカフェ……ですかね。一応、バイトしてるんである程度収入は見込めますし……」


実のところ、バイト先にでもちゃっかり住み込んでやろうとも思っている。

あの店長なら、普通に許可をくれそうだし。


「あのさ、だったら私の家に居ればいいよ」

「……えっ」


佐山の言った言葉に驚いた。

そんな事、許されるはずがない。

もし、週刊誌にでもすっぱ抜かれたらどうするつもりなんだ。


「悪いよ。そんな……。僕のことなら、大丈夫だから」

「でも、それじゃあゆー君はどこにも……」

「いいんです。よそ様に余り迷惑はかけれませんから」


誰かの迷惑にかかることはしたくない。

だから、僕は佐山の誘いを断った。

佐山は不満があるのか不機嫌そうに目を細めた。

マネージャーさんも、何とも言えないというような表情を浮かべている。


「マネージャー、私の家まで送ってください。二人共そこで降ります」

「え、ちょっと――」

「分かりました」


すると、軽やかに車は発進した。

どうやら、今流行りのハイブリッドカーらしい。

とても静かでエンジンがかかっていたことに気付かなかった。

……いや、そうじゃなくて。


「何で勝手にきめ――」

「ふざけないで!」


佐山とは思えない大きな声に、僕はびくりと体を震わせた。


「何で…?勝手…?ゆー君の方こそ勝手に決めつけないでよ!」


こんな感情的な佐山は、見たことがない。


「迷惑なんて……私は迷惑なんて思っていない。きっと母さんだってそうだよ」

「でも――」

「でももストもないよ。それに、ゆー君はよそ様でもないんだから……」


優しく、そう諭してくる佐山の言葉に、胸が熱くなった。

こんな優しさを、僕はどうすればいいんだろう。

今までにないこの優しさを、どうやって受け入れるのか、そのすべを僕は分からなかった。


「……僕は」

「そんな悩む必要ないわよ。単なる下宿って考えればいいの」

「えっ」


車を運転するマネージャーさんが言った。


「深刻に考えすぎなのよ。別にずっと住む訳じゃないんだろうし、自分が許せないんだったら、少しお金を払えばいいじゃない」


バイトはしてるんでしょ、と言うマネージャーさんの言葉に、僕は頷いた。

そうか、確かにもっともだ。

僕は深く考えすぎていたんだ。


「ゆー君……」

「心配かけている方が、よっぽど迷惑とおもうけど」

「……そうですね。すみませんでした」


チッチッチと、マネージャーさんは指を振る。


「もっと言うことがあるじゃない」

「…………」


あぁ、そうか。


「……ありがとう」


小さく、僕は呟いた。



佐山の言った通り、佐山の母さんは僕を快く上げてくれた。

びしょ濡れの状態の僕と佐山を見た時は、驚愕の表情を浮かべていたけど。


「……はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


出されたココアは温かく、とても甘かった。

冷えていた体が、芯から温まる。

濡れていた服は、着替えて今は洗濯乾燥機の中で回っている。

持っていた衣類を圧縮袋に入れていて、本当に良かった。

贅沢言えばシャワー位は浴びたいものだが、他人の家で勝手には出来ないし、第一、佐山が今使っている。

僕は乾いたタオルで充分だ。


「夏帆が上がったら、優希くんがシャワー浴びなさい」

「あ、いえ……僕なら大丈夫なんで」

「そんな事言って……風邪引くわよ」


佐山の母さんは、にこやかに笑いながら僕の対面に座った。

僕の顔をじっと見て来るもので、非常に落ち着かない。

僕はマグカップで顔を隠すようにして、ココアを飲んだ。


「……久し振りね」

「……そうですね。小学校以来かと」

「夏帆が芸能界に入って疎遠になったのよねぇ」


中学も違うし、接点もなくなって、違う世界に行ってしまったのだから仕方がない。

こうやって、また家にお邪魔させてもらっていること事態、僕には驚きだった。


「夏帆からも聞いていたけど、変わったわね」

「……それなりの年が経ってますんで」


時が経てば人は変わるものだ。

外見しかり、その中身も。


「昔はもっと笑っていて、そんな他人行儀な言葉じゃなかったのに」

「昔とは色々と違いますから」


立場とか。世界とか。

そう言うと、佐山の母さんは少し寂しそうな表情を浮かべた。


「別に遠慮しなくていいのよ?知った間柄なんだし、昔のようにしてくれて」

「……………」


そうはいかない。

昔と今は違うんだ。

遠慮とかそんな事じゃない。住む次元、世界が違うんだ。

佐山の母さんが、僕の事を変わったと言うように、佐山家も僕にとっては昔と変わってしまっているんだ。

だから、昔のようになんて、到底無理な話だ。


「ふぅ、温まったぁ」


体からホカホカと湯気を上げた佐山が入ってきた。


「ゆー君、お待たせ。シャワー浴びてきて」

「……有り難く頂きます」


僕はそう言って、そそくさとシャワーを浴びに行った。



優希がシャワーを浴びに行って、残されたのは夏帆とその母親。

夏帆は、優希が座っていた場所に座ると、マグカップに入ったココアの存在に気がついた。

まだ、湯気が出ていて温かそうだ。


「いただきま〜す」

「あ、それ」


夏帆がくいっとココアを飲む。

甘味が口の中を満たしていく。いつもより、何だか甘い気がした。


「あ〜飲んじゃった」


母親がやっちゃったといった感じにいう。少し、口元が笑っている。


「なに、母さん?」


更に、夏帆はココアを口に含む。


「それ、優希の飲みさし」

「〜〜〜〜〜〜っ!」


夏帆が飲んでいたココアを噴き、更に咽せた。

ただそれだけ。


気付いたらお気に入り登録が……。

ちゃんとして書いてから出せば良かった。

もう少しで完結ですよ。

予定では後三話。または四話。

予想外に佐山 夏帆と言うキャラクターの立ち位置が難しい。

佐山 夏帆と言うキャラクターの書きたい部分が、まだ半分くらい残っている。

どうしよう……。

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