表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

六話

誤字脱字?知ってるさ!直さないだけ!

私は自分の部屋で一人泣いていた。

昔から馴染みの長澤の家から帰ってきて、なにも言わずに自分の部屋に直行した。きっと、リビングでは母さんが心配していることだろう。


「……はぁ」


本当に、悲しくなる。

小学校を卒業する頃から、今日の今まで会うことがあまりできなかった幼なじみ。

私がアイドルとしての道を踏み出すキッカケ。

彼に近付きたくて、笑って欲しくて……アイドルになったっていうのに、余計に遠ざかってしまった気がした。


「……ゆー君」


その名前を呼べば、昔の楽しかった日々を思い出す。

昔の私はお転婆で男勝り。部屋でおままごとをするより、外で走り回るようなお転婆娘だった。今では黒歴史だったりする。

そんな私のブレーキ役がゆー君だった。

私達は毎日のように遊び、一緒にいた。毎日が楽しかった。

よく、私はゆー君の前で得意の唄を歌っていた。

といっても、その当時観ていた女の子向けのアニメの主題歌だったんだけど、分かっていないはずなのにゆー君は笑って手拍子をしてくれて……それがとても嬉しくて、ゆー君に笑ってくれるのが嬉しかった。

その頃からだ。私がゆー君のことが好きだと気付いたのは。

アイドルになったのも、ゆー君のため。

私の唄で笑っていてほしいから。

それを胸に頑張った甲斐があって、この三年ちょっとの間で私は人気アイドルにまで登り詰めた。

コンサートを開けば、みんな喜んで私の唄を聴いてくれたし、色々なテレビにも出演もした。

私を知っているみんなは、喜んでくれていた。

だからきっと、ゆー君も喜んでくれている、笑ってくれていると思っていた。

でも、違っていた。

駄目だったんだ。それを今日、身を持って実感した。


「……佐山"さん"だって」


苗字、そして"さん"付け。

昔のように、『なっちゃん』とは言ってくれなかった。

それに、私と話していても無表情で笑ってくれもしてくれなかった。

三年という月日は、思ったよりも重いものだった。

分かっていたはずなのに、ゆー君の事が分からない。

今のゆー君が分からない。

一緒に居なかった中学時代の三年で、こんなに分からなくなるなんて……。


「アイドルなんか、ならなきゃよかった……」


だったら、ゆー君と同じ中学に行って、高校だって同じところに行けたかもしれないのに……。

昔と変わらず、笑っていれたかもしれないのに……。

時というのはなんと残酷なのか。

私が立っていた場所には、既に違う人が立っているだなんて。


「……長谷部 深春」


私が立っていた場所に立っていた人。

ゆー君の同級生でお友達。そして、ゆー君の隣に立つ人。

私と違って、ゆー君は彼女と出会うと表情を綻ばせていた。

どうして。

私と彼女の違いは何。

どうしたら、ゆー君は私に笑いかけてくれるの……。

正直、彼女が羨ましい。そして、妬ましい。嫉妬している。

ゆー君の笑顔を向けられている彼女が羨ましい。

アイドルなんかにならなかったら、その笑顔は私に向けられていただろうか。

ゆー君の隣には、私が立っていたのだろうか。


「……私は…」


どうすればいいのだろう。

このまま手をこまねいて、ぽっと出のどこの馬の骨と分からない人に、長く片思いをしてきたゆー君を盗られてしまったら、元も子もない。

それだけは嫌だ。

絶対に嫌だ。

そう、長谷部 深春。彼女はゆー君に想いを寄せている。

今日、初めて出会ったけど分かる。ライバルだ。

しかも、ゆー君も彼女に心を許しているみたいだし、現時点での私と差が開いている。

このままでは、近いうちにゆー君は彼女と引っ付きかねない。

なんとしても、ゆー君の心を私に向けるようにしないといけない。

でも、そんなことが出来るのか。

アイドルの仕事もある。学校も違う。

接点もないに等しく、会いに行くにもままならないこの状況は、あまりにも不利。

武器になりそうなアイドルという肩書きも、こうなったら邪魔にしかなりそうにない。


「……やめちゃおっかな、アイドル」


もとより、ゆー君に笑って欲しくて始めた仕事。

そう簡単に辞めれないくらいに分かっている。色んな人に迷惑だってかける。

沢山の応援してくれたファンだって悲しむだろう。

でももし、このままアイドルを続けたとしても、ファンとかを笑顔にする事ができても、ゆー君が笑ってくれることはあるだろうか。

肝心のゆー君を笑顔に出来ないのに、アイドルを続ける意味はあるのかな……。

大勢のファンや事務所の関係者を取るか、一人の大切な幼なじみを取るか。

私の中で、既に選択肢は決まっていた。



決めたからには即行動。

私は、携帯電話を取り出すと、電話帳の仕事欄のある番号に電話を掛けた。

相手は、事務所の社長。

私からアイドルとしての可能性を見いだし、ここまで育ててくれた一人だ。


「はい、もしもし。ヒナタエンタープロダクション雛田です」


キャリアウーマンのような冷静さのある落ち着いた女性の声。

社長だ。


「夜分遅くにすみません。夏帆です」

「ああ、夏帆ちゃん。久し振りの実家はどう?」

「母さんも父さんも喜んじゃって、母さんは晩ご飯に私の好物を沢山作るって張り切って、父さんは仕事を休むために昨日大変だったって」

「いいご両親ね。それで何のようかしら」

「それは……」


少し言葉に詰まったけれど、覚悟を決める。


「私、アイドルを辞めます」

「……………」


しばらく、電話の向こうが沈黙した。


「……理由、聞かせてくれるかしら」

「それは――」


私は、全てを話した。

ゆー君のこと。

私がゆー君のことが昔から好きなこと。

アイドルになったのも、一つの手段だったこと。

久し振りにあったら、ゆー君と予想だにしない距離が空いていたこと。

そして、恋敵の存在。

私の考え、思い、感情をぶつけていくうちに、自然と泣きはらしたはずの涙が頬を伝っていた。


「……そう、それは辛かったわね」

「はぃ」

「でも却下」

「……はい?」


流れていた涙が嘘のようにすっと引いた。

なぜ、どうして。話の流れ的におかしくない?


「――どうして!?」

「どうしたもこうしたもいきなりすぎ。こっちにも都合があるし、そう簡単にハイそうですかなんて言えないわよ」

「……じゃあ、都合がついたら辞めてもいいんですね」

「そうね、考えておくわ」

「――社長!」


それって、結局駄目ってことなんじゃないか!


「私からゆー君を奪うつもりですか!」

「……アイドルは原則恋愛禁止……何てことは言わないわ。でもね、あなた、ライバルが出現して慌てている。周りが見えてないの。少し落ち着きなさい」

「落ち着いていられますか!私は……私は急がなきゃいけないんです!」


でないと、本当に取り返しがつかなくなる。

失われた三年を埋めなければならないのだから。


「それに社長、私がアイドルになるときに言いましたよね」

「……………」

「"アイドルになれば、好きな人も振り向いてくれる"って。私はゆー君に笑って欲しくてアイドルになったんです」

「知ってるわ。口癖のように言っていたわね。そして、あなたは今や沢山の人に笑顔を届けているわ」

「……だから駄目なんです。私はゆー君に笑って欲しかったんです。でも、ゆー君は笑ってくれなかった……」

「でもあなたは沢山の――」

「だからそれじゃ駄目なんです!!」


柄にもなく、私は電話口に泣き叫んだ。


「ゆー君が!ゆー君が笑ってくれなきゃ、私がアイドルなった意味がないんです!」


そう叫んで、私は声をあげて泣いた。

悔しくて、悲しくて、虚しくて、やるせなくて……。

電話を掛けっぱなしのまま、私はわんわんと泣いた。


「夏帆、ちょっと泣き止みなさい。ねっ、分かったから――」


電話から、社長の慌てた声が聞こえる。

それにしても、こんな風に泣いたのは小学校以来だ。

しばらく泣くと、自然と心が落ち着いてくる。


「……落ち着いた?」

「はい、すみません」

「いいわよ。全く、うちのアイドルが取り乱す程ご執心の相手がどんなのか見てみたいわ」

「……社長、昔会ったことがありますよ?」

「えっ、嘘。どこで」

「私の家に挨拶に来た時です。丁度遊びに来ていたんですよ」

「……ん〜〜?」

「ほら、冗談で社長がスカウトしようとしていたじゃないですか」

「……………」


しばらく沈黙が続く。


「……あぁ、あのイケメンな子」

「あ、多分それはカズ兄です。そのもう一人です」

「……もう一人って、あの可愛い妹さん?」

「あ、そうです。でも妹じゃなくて弟ですよ」

「そうだったの……普通にアイドルとしてスカウトするつもりだったわ」

「……………」

「……………」


またしばらく沈黙が続く。


「……まあ、人の好みにとやかく言わないわ」


失礼ですね。


「あなたが彼の為にアイドルを辞めるっていうのも分からんことでもない」

「…………」

「でもね。早すぎるんじゃないかなって思うのよ」

「どこがですか。遅すぎるの間違いですよ」

「なら、あなたは彼にアイドルとして働いている姿を見せたことがある?」

「……テレビ越し――」

「じゃなくて」

「……ない」

「あなたはアイドルとして歌っている姿を見せたことがある?」

「……ないです」

「なら、アイドル佐山 夏帆としての姿をちゃんと見てもらってからでもいいんじゃないかしら?」

「…………」


どうなんだろう。

確かに、私のアイドルとしての姿をちゃんと見てもらっていない。

アイドルとして、私の唄で笑って欲しいと思いながら、私はゆー君の前で歌っていない。

私の姿を知ってもらえば、変わらないことを知ってもらえば、ゆー君との距離が昔みたいに縮まるかもしれない。

私はゆー君の為と思いながら、結局ゆー君の為に何もしていなかった。

こんな事にも気付かないなんて、私は馬鹿だ。


「……社長」

「決まったようね」

「私、もう少し続けます。ゆー君に私の姿を見て欲しい」

「分かったわ。うちのアイドルの恋路、バックアップしてあげるわ」

「――社長!」

「だから、頑張って落としなさいよ。長年の恋」

「はい!」


私はヒナタエンタープロダクションを全面バックアップに付けて、長年の恋を実らせる為に行動に出た。

……ヤバいです。

予定では十話で終わるつもりでしたが、延びそうです。この調子なら。

しかも、当初プロットから脱線して横転して別路線を突っ走っていきそうです。

予定外の恋愛度高いラブコメに変わり果てそうで戦々恐々。

あっれー、根暗ちょいラブコメにするはずなんだけどなあ……。

次書くのが怖い。

こんな気分は初めてだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ