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四話

あ、プロットがどっかに消えた。

今日は土曜日。

隔週での週休2日制を導入している我が校でも、今日は休みだということをすっかり忘れていた。

それでも、僕の生活パターンが変わることもない。

朝の五時には起きて、休日出勤の父親様と部活の兄貴様のお弁当を作り、さらに朝食を作る。それが終わったら、掃除洗濯に飼い犬のホタテ号の散歩と休まる暇がない。

ただ、今日はその生活パターンが少し変わりそうだった。


「…………」


僕が、ホタテ号を散歩に連れて行こうとして、リードを繋いで敷地を出ようとした時だった。

この辺りでは見掛けない顔の人間がいた。


「やあ」


僕に気さくに声をかけてきた。

マスクにサングラス、帽子を目深に被ったセーラー服の人。

その声、セーラー服から多分女性なんだろうが、こんな変な人、知り合いにはいない。

糞兄貴の関係者だろうか?

でなければ不審者だ。


「……何でしょうか」


不信感が満載なので、機械的に冷たく応対する。

もしもの時は、番犬のホタテ号が何とかしてくれるだろうか。

……いや、駄目だ。尻尾振って不審者を見つめている。人に懐きすぎて番犬にもならない。


「……あ、あれ?何のリアクションもなし?」

「……はあ?」


何だこいつ。警察に電話して欲しかったのだろうか。

生憎、携帯電話という文明の利器は持っていないので、この場で通報は出来ない。


「して欲しいなら、警察に通報しますけど?」

「エエッ!なんで警察!?」


本当になんだろう。この人は。

もしかして、自分の格好に気づいていないのだろうか。


「サングラスにマスク、帽子まで目深に被ったアナタの格好を、不審者と思わない人はいないと思いますよ」

「えっ……ああ!取り忘れてたぁ!」


わたわたと、目の前の少女はその怪しい格好を解除していく。

そして、僕もよく知る美少女に生まれ変わった。


「じゃあ〜ん」

「……あぁ、佐山さんですか」


佐山 夏帆。今をときめくアイドルだ。ライブを開けば満員御礼、CDを出せばオリコントップ10入り、街を歩けば大混乱を引き起こす程の人気者だ。

そんな彼女が何故ここにいるのか。それは、幼なじみという関係だからだろう。

ただ、人気アイドルなのだから、簡単に他人の家に来るのは控えて欲しい。


「えっ、なにそのリアクション」

「……あなたは僕に何を求めているんですか」


僕にどうしろと?


「久し振りに会ったんだよ?もっとこう……喜びとか感動とかさあ」

「兄さんなら、あなたの希望に添えると思いますよ」


あの糞兄貴は、佐山と会いたがっていた。きっと、両手を上げて喜ぶだろう。

何せ、兄貴は佐山の事が昔から好きなのだから。

学校ではハーレム構成している癖に、妙に一途なんだ。


「まぁ、カズ兄も会うのは久し振りだけど、メールとかしてるし……。あ、ゆー君のメアド教えてよ」


ニコニコと笑顔で携帯電話を取り出すが、僕は首を横に振る。


「僕は携帯電話持ってないんで」

「え、なんで」

「お金がないんですよ」


しばらく、佐山は茫然としていた。携帯電話を持たないのがそんなにおかしいだろうか。


「……うん、じゃあいいや。これからは一緒に通えるしね!」


佐山はくるりとその場で回った。

スカートがふわりと舞う。

そういえば、セーラー服には見覚えがあった。


「……姫井高校の制服ですか」


この辺りでは屈指の進学校。私立ということもあり、施設環境やカリキュラムが充実している。

さらに、立地が街中ということもあって、近くに駅があり、バスも止まる。

もちろん、帰りに遊んで帰ろうと繁華街に出るのも簡単である。

そんなことで、結構な人気校だ。


「そう!どうかな、似合う?」

「似合ってますよ」

「そっか!良かった!」


佐山が、ひまわりのような笑顔を浮かべた。

記憶にある昔の笑顔とは変わっていないように見えるけど、何も感じない。何も感じなかった。


「……どうせなら、兄さんに制服姿を見せてあげてください。兄さんも、あなたと同じ姫井高校ですし……僕には関係ないです」


そう、僕には関係ない。

かつての幼なじみが、兄貴と同じ高校に行こうと。

佐山は不思議そうに首を傾げた。


「えっ?関係無くはないでしょ?同じ高校に通うんだから」


ああ、そう言うことか。

僕は一人納得した。

佐山は勘違いしている。僕が姫井高校に通っていると。


「……僕は市崎高校ですよ」

「…………えっ」


僕は比較的近場にある市崎高校に通っている。

特に有名大学に輩出する進学校でもなく、これと言って部活動が強い訳でもなく、かと言ってマンモス校でもない。


「でも、カズ兄が、ゆー君が姫井高校に受かったって……」


あの糞兄貴。なんと人が悪い。

もしかしなくても、こうなることを分かっていて、一部しか情報を与えなかったんだろう。


「確かに、姫井高校には合格しましたけど、お金がちょっと……。その分、市崎高校は特待生として授業料免除のうえ奨学金という風にしてくれたんで」


僕が市崎高校に決めた理由。それは、その成績優秀者の特待生制度と奨学金制度に他ならない。

この制度を利用するためには、常に成績優秀者としていなければならないが、それは別に苦になることではない。


「えっと、つまりゆー君は姫井高校を蹴って市崎高校にしたってこと……?」

「まあ、そうですね」

「そんなぁ〜」


泣きそうな顔で、責めるように僕を佐山は見てくるが、それはお門違いというものだ。


「高校こそは、一緒の学校にと思っていたのに……」


どんまい!

としか言いようがないのだけれど、どうすればいいだろう。

そんな時だった。


「やあ長澤」


よく知る顔が声をかけてきた。


「……長谷部。どうしてここに?」

「いや、長澤に会いに来たんだ」

「僕の家、知ってましたっけ?」

「別にいいじゃない、そんなこと」


よくはない。

長谷部が佐山と視線があった。


「……長澤。佐山 夏帆じゃない」

「そうですけど、長谷部、人を指さすのは失礼ですよ?」

「確かにそうだけど、いや、なんで佐山 夏帆がここに?」

「幼なじみなんですよ、一応」


くいくいと、服の袖を引かれた。


「ねぇ、ゆー君。この人誰」

「えっと、長谷部 深春さん。同じ学校の人です」

「ついでに言えば、将来を約束した仲なんだよ」

「違います!変な事言わないでください!ただの友達です!」


長谷部はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。

何という嫌がらせ。


「友達ねぇ……」


ニヤニヤニヤニヤ。

……あっ!僕は何てことを言ってしまったんだろう。

長谷部の事を友達なんて言ってしまった。これでは、僕自ら長谷部を友達と認めてしまったではないか。


「ゆー君のお友達なんだ……」

「ち、ちが――」

「そう、長澤とは友達。二人で喫茶店に行くようなね」

「―――っ!」


佐山のくりっとした大きな目が、さらに大きく見開かれた。


「……あなた、まさか」

「お察しの通り」

「くっ!」


何故か、長谷部は勝ち誇ったように佐山に流し目を流している。

そして、佐山は悔しそうに下唇を噛んでいた。

殺伐とした空気が支配した。


「……あら、なに、まだホタテの散歩に行ってないの」


前触れもなく、玄関のドアが開き、中から母親様から出てきた。

今から買い物にでも行くのだったのだろう。買い物籠を持っていた。

母親様は、佐山と長谷部の姿を見つけると、表情を変えた。


「あら、夏帆ちゃんじゃない。お久しぶりね」

「お久しぶりです。おばさん」


佐山は笑顔で頭を下げた。

母親様の視線が長谷部に向く。


「えっと、そちらの方は?夏帆ちゃんのお友達?それとも和哉のお友達かしら?」

「いえ、私は優希君のお友達で長谷部 深春といいます」

「優希のお友達だったのねぇ……」


じろりと、母親様に睨まれた。

その視線には、『何勝手に友達なんかと油売っているんだよ』という意味が含まれていた。

僕は、小さくごめんなさいと呟く。


「夏帆ちゃんはこれから仕事?ごめんなさいねぇ、優希が引き止めちゃったんでしょ、悪かったわねぇ」

「ち、違います。今日はゆー君やカズ兄に制服姿を見せびらかしに来ただけで……」

「あら、和哉に?」


母親様は嬉しそうに手を叩いた。


「あの子、もうしばらくしたら部活に行くところだったの。ちょうど良かったわ」


そう言うと、母親様は家の中に引っ込んだ。


「和哉!夏帆ちゃんが来てるわよ」


母親様がそう叫ぶ声が聞こえた。

しばらくすると、ドタバタという音が近づいてきた。


「――夏帆!」


イケメンが家から飛び出してきた。

こいつこそ、長澤家の長男であり、佐山の事を想っている兄、長澤 和哉。

文武両道を地でいく人で、部活のサッカーではエースストライカーであり、更に成績は優秀。

女癖が悪いらしく、その甘いマスクで数々の女の子を籠絡して、学校ではハーレムを構成して女には困ったことがないと聞いている。

それでも、本命は佐山一筋だそうだ。


「おぉ、姫井の制服!受かったんだ」

「あ、うん」

「となると、和哉と夏帆ちゃんは同じ高校に通うことになるわねぇ。嬉しいわ」

「夏帆、これから一緒に学校に行こうな」

「え……私……」


困った顔をして、佐山が僕に助けを求めるようなに見てきた。

でも、どうしようもない。

兄貴が凄い形相で牽制してくるのだから。


「まあ、家入ってゆっくりして行けよ。仕事の話しも聞きたいし」

「そうね。私も聞きたいわ」

「え、でもカズ兄、部活なんじゃ」

「いいんだよ。別にそんなことは」


兄貴は、佐山の背中を押して、家の中に入れようとする。


「エッ、あ、ちょっと……!」


パタン……。


佐山はなすすべなく兄貴と母親様に連れ込まれてしまった。

そんな光景を、僕と長谷部は唖然として傍観するしかなかった。

しばらくして、再び玄関のドアが開き、母親様が顔を覗かせた。


「あ、買い物行ってきて」

「は、はい」


差し出された買い物籠を、僕は受け取った。

またすぐに、ドアは閉まって閉め出される形になった。


「……長澤」

「なにも……言わないでください」

「……………」


きっと、長谷部は分かっているんだろう。だからそんな悲しそうな顔をするのだと思う。


「……とにかく、ホタテの散歩のついでに買い物に行かないといけませんね」

「あの…私も一緒していいかな……?」


だと思った。

人差し指をくるくる回して、長谷部は僕の様子をチラチラと見ていた。


「そう言うと思ってました。行きましょう」


僕は、長谷部に手を差し出した。

この時、僕は初めて自分から他人と関わろうとしたのだった。


「……うん」


長谷部がパアッと顔を明るくして、差し出した手を握った。

こうもコロコロと変わりやすい表情をするのは面白い。

僕達は、二人と一匹並んで歩き出した。

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