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三話

誤字脱字は特徴だ!


家というのはくつろげる空間であり、そこに共に暮らす家族はかけがえのないものである。

まぁ、大体がこんな風に思っているだろう。

だが、僕は違う。

家に帰っても、いいことなんて一つもない。あるのは苦痛だけ。

まるで、夫婦仲は冷め、家庭でも会社でも蔑ろにされる中年サラリーマンみたいだが、ある意味、まだその方が救いがある。

だって、離婚してそんな生活とおさらばすることが出来るのだから。

今の所、僕に逃れるすべはまだない。

家に帰れば、僕は『人』から『物』にされる。

空気のように無いものとされ、時に馬車馬のごとくこき使われる。そこに情は存在しない。

きっと、僕が長澤家と"血のつながりのない人間"だからだろう。

そう、僕は養子である。兄貴ともその両親とも、血のつながりは全くない。

生まれて間もなく施設に引き取られ、小学校に入る時に長澤家に引き取られた。

本当の両親は知らない。どんな人で、どうして僕を捨てたのか。

知りたくても、知るすべはない。

ただ、『優希』という僕の名前は、本当の両親が付けたということは知ってる。


「ただいま」


僕の声に返ってくる言葉はない。

母親が居るはずだが、今頃は台所で食事の準備をしているだろう。

いや、もしかしたらリビングでテレビを観ているかもしれない。そうなると、僕が食べもしない夕食を作らないといけない。

僕は自分の部屋である屋根裏部屋に向かうため、二階に上がろうとした。

その時、リビングのドアが開き、母親が顔をのぞかせた。


「いつもより遅かったわね」

「知り合いの方と少しお話を……」

「おしゃべり?いい身分になったわね」


彼女は僕を冷たい視線で睨みつけてくる。

侮蔑、嘲笑、それを視線の中に感じた。

その視線を僕は甘んじて受け入れる。


「今日あんたが夕飯作りなさい。遅れたり、手を抜いたら承知しないから」


そう言い放つと、彼女はリビングに戻っていった。

これが、家での僕の日常。

召使いのようにこき使われ、気に入らなければ暴力を振るわれる。

この家に引き取られてからずっとこの調子だ。

来たばかりの頃は、失敗ばかりで殴られてばかりだったけど、家事の一通りをマスターしてしまった今では、殴られることも少なくなった。

バイトもさせられているけど、そのバイト代の殆どは、両親と兄貴に奪われて僕の手元に入ってはこない。

入ってくるのは、昇給によってちょろまかしている差額分だ。

今日行った喫茶店の料金は、実はかなりの痛手だったりする。

僕は小走りで階段を駆け上がって二階に行くと、廊下の端で、フックのついた棒を使って、天井から折り畳み式のハシゴを展開させる。

ハシゴを登ると、僕に与えられた部屋である。

部屋自体は屋根裏ということもあり広いのだろうけど、いかせん、物置としても使われてもいるので物に溢れている。

掃除や片付けはしているので、綺麗にしてはいるつもりだ。

一応、人の体が通れる程の、開閉が出来る窓がついているので、そこの空間を僕の生活スペースにしている。

その僕の生活スペースにあるものは、ベッドに座卓、ライトに小さな本棚だけだ。服とかは、半透明のケースに入れている。

質素という言葉では言う表せないだろう。

本当に何もない。

まあ、住めば都という。ただ、立つと頭が当たってしまう高さが欠点だ。

僕は制服から私服に手っ取り早く着替えると、エプロンを着けて急いで台所に立つ。

冷蔵庫を見て、ある食材を使ってできるメニューを、頭の中で練って叩き出す。


「……はぁ」


野菜を洗う水道の水が、いつもより冷たく思えた。



日は完全に落ち、夜となって月光が照らす中、僕はベッドに寝転がって月を見ていた。

くぅと、お腹の虫が小さく鳴った。

今頃、下では僕が作った夕飯を三人が食べているだろう。

いや、結構な時間が経ったし、食べ終わっている頃か。

僕が一緒に食べる事は許されていない。そして、同じ物を食べることも許されない。

非効率的で不経済だと思うけど、そう言われているのでその通りにしないといけない。

しばらく、空腹感を感じながら月を眺めていると、下の方が静かになっていることに気付いた。

食事が終わったんだろう。

僕は部屋から降りて、リビングを覗く。

既に、食事は終わり、両親はテレビを観ている。兄貴はいないので部屋に戻っているんだろう。

台所の流し場には、食器が山積みになっている。


「あ〜、食器片付けなさいよ」

「はい」


僕は食器を片付ける。

そして、この仕事が終わると僕の食事。

食器洗い自体は、数分で終わった。


「……終わりました」

「ふ〜ん……じゃあはい」


そう言って母親様から渡されたのは……もやし。一袋18円。


「あんたの晩御飯」

「……はい、ありがとうございます」


またかと、内心呟く。これで、4日連続だった。

母親様は、テレビの前に戻っていった。

渡されたもやしを手に、僕は頭を悩ませる。

あまり、もやし単体のメニューが思い付かない。


「……むぅ」


何も思い付かないので、昨日作ったナムルもどきを作ることにした。

ごま油で炒め、塩こしょうをする適当料理だ。時間もかからない。


「……いただきます」


一人の食事。

メニューが侘びしいことはいつものことなのに、今日の食事はいつもと違って何だか寒く感じた。



今日はなんと素晴らしい日なんだろう。

この2ヶ月という日々は、とても長く感じれた。

凹んだり、挫けそうにもなったけど、母様の助言の通りに積極的に関わって、押しに押して押しまくり、最後に少し引いてみた。

すると、どうだろう。

見事に放課後デートとなった。途中、私は眠ってしまったが、本を読む長澤の姿は本当に愛らしく、その事を指摘されると顔を真っ赤にして恥ずかしがる姿は、写真にして残したいくらいだった。仕方がないので、その姿は脳内に焼き付けている。

ただ、押しすぎて、鬱陶しいと嫌われているかもしれないと内心不安だったけど、別に嫌いじゃないと顔を赤らめて言われた時は、思わず飛び上がって喜びそうになった。


「ふふふっ……」

「あらあら、何だか嬉しそうね深春ちゃん」

「母様、遂に私やったよ」

「襲っちゃったの?駄目よ。ちゃんと避妊しなきゃ」

「違う!まだ襲ってない!」

「あら、まだってことは、いつかは襲うのね。大胆」

「だから違うって。第一、そういうことは同意の上でやることであって……」


しどろもどろと答える私に、母様はクスリと笑う。


「あらあら、ウブな娘ね」

「母様!」

「ふふ、からかうのは止めましょうか」


私の怨嗟の視線を物ともせずに、お茶を飲んでいた。


「……で、何があったの?」

「あ、えっとね――」


私は母様に事細かく、何がどうなって何があったか、そして長澤がどんな顔をして、どんな仕草で、どんなリアクションで、いかに私を悶絶させて萌えさせたかを伝えた。

母様はニコニコと私の話を聞きながら、お茶を飲んでいた。


「――と、言うことなんだよ」


母様は湯呑みをことりとテーブルに置くと、目をつむりながら頷いた。


「……深春ちゃんが、その優希くんの事をどれだけ好きなのかは分かったわ」

「母様、私は好きという生半可な気持ちじゃない。愛しているんだよ!」

「……そう。なら――」


母様が、カッと目を見開いた。


「何故その愛を彼にぶつけないの!」


私の心に、衝撃が走った。


「そ、それは、まだ恥ずかしくて心の準備が――」

「甘い!」


動揺する私に、母様の喝が飛ぶ。


「恋は戦争なのよ。守勢に回っちゃ駄目。常に攻勢で反撃の隙を与えちゃ駄目なのよ。それに、いつ優希くんが第三勢力の女に盗られるか分からないわよ」

「そ、そんな訳――」

「ないとは言えないんじゃない。誰がどう思ってるか分からないものよ。案外、もう狙っている人が近くにいたりするかもしれないわよ」

「か、母様、私はどうすればっ!」

「大丈夫よ」


厳しかった母様の語気が、ふと和らいだ。

私に投げかける視線も優しい物となり、ふわりと微笑んでいた。


「深春ちゃんは、既に優希くんの前線を壊して心に入り込んでいるわ。後は、押して押して押しまくったら、優希くんは折れてコロリよ」

「母様は押せというけど、具体的にはどうすればいいの?」


私の問いかけに、母様は不敵な笑みを浮かべて口元を歪めた。


「ふふ、そうね。深春ちゃん、優希くんに告白しなさい」

「うえぇぇぇええぇぇ!」


あまりの突拍子のなさに驚いた。


「あら、驚くことかしら?」

「お、驚くよ!いきなり告白なんて出来ないよ!」


恥ずかしさとか色んな感情がごっちゃになって、目が熱くなって潤んできた。


「そうかしら。告白というトマホークミサイルで、一気に優希くんの心の要塞を壊しちゃえばすぐよ?」

「でもでも、断られたら――」

「そしたら、ひたすらアタックしたらいいのよ。どうせすぐにOKが貰えるわよ」

「うぅ……」


無理、無理だよ!

母様のようにアグレッシブなようには行かない。

どうしても、断られたらと思うと踏ん切りがつかないのだ。どう考えてもまだ早い段階じゃないんだろうか。

そんな様子の私に、母様はため息を吐いた。


「……まあ、地道に外堀を埋めていくってのもあるけどね。時間かかるわよ」

「そ、それなら大丈夫だと思う」


根拠はないけど。


「で、どうすればいいの?」

「そうねぇ……じゃあ、デートしてきなさい」

「デート?デートなら今日――」

「違う違う。寄り道とかいって誤魔化すんじゃなくて、ちゃんとデートと言って申し込んできなさい」

「……デート」


脳裏に思い浮かんだのは、洒落たオープンカフェで楽しく会話をする光景。映画館でホラー映画を鑑賞して抱きつく光景。遊園地で共に遊び、夕焼けの観覧車で……な光景。

そんな漫画でもありきたりな光景だった。


「分かったよ。私、頑張る」


握り拳を握って決意を固める私に、母様はにっこりと微笑んで、


「じゃあ、早速明日誘ってきなさい」


そんな無茶を言ってくれた。


「……えっ?明日?」

「そうよ。明日が休みで良かったわね」

「休み……?」


ふと、今日が金曜日であることを思い出した。

長澤と別れる時に"また明日"と言ってしまったけど、これは長澤と逢う口実になるんじゃないか。

長澤だって、"また明日"って返していたし、逢う同意は得れてるよね。


「さぁ、そうと決まれば早速プランをたてましょう。母様も手伝ってあげるわ」

「ありがとう母様!」


こうして、親子の作戦会議は夜が更けても続いていった。



くしゅん!


「……なんだろう。寒気がした。やっぱり風邪かなぁ」

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