エピローグ
僕は、母さんのお墓参りをした次の日。僕は佐山の家を出た。
佐山の両親には、理由を言ったけど、佐山には言わなかった。
長谷部にも、何の連絡を入れなかった。
二人に言わなかったのは訳がある。
十中八九。僕を止めようとするからだ。
だから、僕は言わなかった。
冬川家に行くことを。
夏休みの間。僕は冬川家で過ごした。
祖父母ともいい人で、おじいちゃんおばあちゃんと言ったら怒られた。そんな歳じゃないだそうだ。
父さん母さんと呼べって言われたけど、僕にとって母さんは産みの母さんでしかいないので、お袋ということになった。
ついでに父さんのことを親父と呼ぼうとしたら、凄く嫌がられた。
冬川家では、母さんのことを聞いたり、アルバムを見たりした。
家の近くを散策したり、海で泳いだりもした。
でも……やっぱり何か物足りなかった。
夏休みが終わる頃、僕は両親にあることを打ち明けた。
すると、両親は驚いたようだけど、快く了承してくれた。
そして今、僕はここにいる。
●
時間は夜。
始業式だったはずの今日。この時間なら揃っているはずだ。
「……ただいま」
そう言って開けた佐山家の玄関。
佐山の両親には事前に言っている。
きっと待っていることだろう。
そしてリビングに続くドアを開けると、
「――ゆー君!?」
案の定、僕を見て驚いている佐山の姿があった。
慌てる佐山の姿に、佐山の両親は笑っている。
「やっときたな」
「待ってたわよ」
「はい、よろしくお願いします」
えっえっ、とまだ事態をうまく飲み込めていない佐山を放置して、勝手に話を進める。
「ど、どうしてゆー君が? 城崎の方に引っ越したんじゃ……」
「えぇ、そうですよ」
「じゃあなんで?」
なんで……か。
確かにそう思うだろう。
僕だって、どうしてこうもまどろっこしいことをしているのか分からない。
「転校はしてないんですよ」
「…………?」
「だから、城崎から通うには遠すぎる。そこで、こっちで下宿することになったんですよ」
「それって――」
そう、何も変わらない。
冬川家に戻り、こっちで過ごす為にはこうするしか手はなかった。
僕は、このことを両親に許しを得る為に夏休みを冬川家で過ごしたのだ。
「……ゆー君」
「はい」
「おかえり――!」
佐山は僕の胸に飛び込んだ。
●
朝。
僕は学校にいた。
時間的にもまだ早い。
僕の足は自然と文芸部の部室に向かっていた。
「…………?」
誰かがいる。
僕はそっとドアを開いた。
そこには、長谷部とその幼なじみがいた。
長谷部は机に突っ伏している。
二人とも、僕には気付いていない。
「いい加減立ち直りなおれよ」
「無理」
「別にいいじゃねぇか、あんな奴。城崎の方に行ったんだろ」
「うぅ……」
「でも、転校したって話はねぇんだよな。不思議なことに」
そこで、ふと長谷部の幼なじみと目が合う。
「あ、お前」
「……どうも」
僕の声を聞いて、長谷部はバッと顔を上げた。
そして僕の顔を確認すると、長谷部は顔をくしゃくしゃにして、泣いて僕に飛び込んできた。
「あわわっ」
泣き声が思ったより大きくてびっくりした。
こんな光景、対外的に見られると厄介なので、部室に入る。
僕の胸の中で泣きじゃくる長谷部の頭を、落ち着くように優しいなでてあげる。
そんな姿を、長谷部の幼なじみは珍しそうに見ていた。
「お前、何か丸くなったな」
「……太ってませんよ」
「違う違う。性格がだよ。前までは誰も寄せ付けない刃物だった」
「そうですかねぇ……」
きっと、心にゆとりが出来たからだろう。
前までは自分のことで手一杯だったけど、今は違う。
自然と、顔に笑みが浮かんだ。
「いいじゃねぇか。今まで笑った所なんて見たことがないからな。いい笑顔だよ」
「そうですか」
「あぁ、親しみやすくなった」
何だか少し恥ずかしい。
すると、今まで泣いていた長谷部は泣き止んで、僕の制服の袖をキュッと握ったかと思うと、幼なじみに向かって言った。
「私のだ。あげない」
若干、幼児退化している長谷部を幼なじみは笑う。
「取らねー取らねー」
全く、僕は誰の物じゃない。僕は僕の物だ。
「にしても、まるで母親と子供だな」
状況的に考えると、僕が母親で長谷部が子供となる。
でも、せめて、父親と言って欲しかった。
「……冬川」
長谷部は泣き止み、僕から離れる。
「おかえり……待っていた」
「はい、ただいま」
涙が残っていたけど、長谷部は僕に笑いかけた。
●
最近、僕はふと考えたことがある。
それはとても幸せで有り得ない光景。
母さんが生きていて、僕は小さな一軒家に一緒に暮らしている。
佐山は昔みたいに僕の太陽で、笑顔を振りまいていて、学校では長谷部と他愛のないことを話す。
誰からもイジメられることなく、笑って過ごす。
一人じゃない世界。
そんな世界は、あまりに楽しくて楽しくて、そして幸せすぎて、僕はただの想像で泣いてしまいそうになった。
それでも僕は、この想像した幸せな世界に、一歩近付いたと思っている。
「冬川」
「ゆー君」
母さんはいないけど、僕の世界にはこの二人がいてくれる。
いつ壊れるか分からない世界だけど、それでも僕はこの世界が大切だ。
「二人とも」
「なに?」
「なんだい?」
僕の先を歩いていた二人が振り返る。
二人共笑顔で、その笑顔があまりも眩しすぎて、幻想なんじゃないかと思えた。
……大丈夫。
もう、僕は一人の世界にいた僕じゃない。
「楽しいね、誰かといるのは」
「あったり前!」
「当たり前だよ!」
言い方は違うけど、二人とも同じ言葉を言った。
そう大丈夫。色々あったし、これからも色々あるだろうけど、それでも僕は大丈夫。
少なくとも、壊れやすい子の世界で大切なものは目の前にある。
現実は、僕の想像に負けないくらい醜くも美しい。
僕はそんな世界で生きて笑って暮らしていく。
もう、一人じゃない。
今は誰かといる楽しい世界。
あぁ、笑うっていいな!楽しいな!
I LOVE SMILE!
I LOVE MY WORLD!
《LONELY WORLD》 is HAPPY continuing!
このたびは、この小説を読んでいただきありがとうございます。
この場でお礼申し上げます。
中盤、本来なら書くべき話をかっ飛ばしたことをここで謝罪します。
本当なら、佐山は中盤嫉妬深い要素が出るはずでした。そのつもりでした。
正直、忘れてました。
予定では、佐山が長谷部と優希のデートを目撃、追跡途中に嫉妬しまくるという流れで、その後、佐山ともデートしてそれをあの兄貴が目撃し、家を追い出されるはずでした。
終盤では泣ければと思って書きました。どうなろうが知りません。ヤケです。
感想を頂いた中で、長澤家に正義の鉄槌を――!的な話を頂きましたが、その長澤家にもやむを得ない(?)意味あいをもたせたつもりです。
勘弁してあげてください。
あの兄貴をフられたことですし……。
番外編を書くかもしれませんが、また何らかの形で自分の小説を読んでいただければと思います。
それでは皆様、このたびはありがとうございました。
月見 岳