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十一話

誤字脱字は気にしないでね!


「好きなもの選んで。私がお金は出すから」


僕は鹿島さんに連れられて、以前長谷部と来たことがあるメビウスリングという喫茶店に来ていた。

かく言う長谷部もなし崩し的に僕に同伴しているのだけど。


「……ミルクティーで」

「コーヒーとチョコレートパフェで」

「じゃあ、私もコーヒーでお願いします」


……長谷部は少し遠慮というか自重した方がいいと思う。

なにチョコレートパフェなんか頼んでいるんだ。

僕も食べたかった。


「さて、優希くん」

「あ、はい」

「話というのは君の生まれについてだ」

「―――っ!」


感情が爆発しそうだった。

今更なんだ知りたくもないという想いと、それでも知りたいと相反する想い。

心がごっちゃになりそうだった。


「冬川……」

「……大丈夫です」


僕はキュッと長谷部の手を握った。

そうすると何だか落ち着く気がしたからだ。


「……それで、僕の両親はどうして僕を捨てたのですか」

「それはちょっと違うわ」


あなたは捨てられてなんかいない。



今から十六年前。

ある屋敷に、一人の少女がいました。

彼女の名前は、冬川 陽奈乃。高校に上がったばかりの15歳でした。

彼女は、資産家の娘として生まれ、お嬢様として育てられました。

その儚さを感じさせる美貌は、まさに深窓の美少女という姿でした。

そして、男女関係なく誰にも隔たりのない優しさと、少々おてんばながら裏表のない性格は、誰からも愛されていました。

しかし、彼女は生まれつきとても体が弱く、余り学校にも行くことができず、外にも出ることも余りありませんでした。


そんなある日。彼女に悪夢が訪れます。


その日は大変体調がよく、学校の授業も午前中のみという半ドンだったので、帰りに彼女は友人と待ち合わせて遊ぶことにしました。

少し暑い季節ということもあって、待ち合わせ場所は日陰の多い近くの神社でした。

張り切っていたこともあり、待ち合わせ場所に早く着きすぎた彼女は、しばらく友人を待っていました。


すると、一人のスーツ姿の男性がやってきました。

その男性の目は血走っており、まるで飢えた獣のようでした。

そして、彼女を見つけた男性は、その醜い欲望をさらけ出し、彼女に襲いかかりました。


地面に倒され、

衣服を裂かれ、

白い肌を弄ばれ、

身体を嬲られ、

純潔を散らされ、

そして、彼女は男性に醜い欲望を吐き出されました。


彼女はレイプされたのです。


もとより体の弱かった彼女は、これをきっかけに一気に体を崩していきました。

彼女をレイプした犯人は直ぐに捕まりましたが、精神を病んでいたということで不起訴処分とされてしまいます。


そんな時、彼女の妊娠が発覚しました。

どう考えても、男に襲われた時の子供でした。


彼女の両親はすぐに中絶をするように言いましたが、彼女は首を横に振りました。

彼女は産むと決意していたのです。


しかし、それは大きなリスクがありました。

出産にはまだ彼女が若すぎるということもありますが、元より体の弱い彼女です。今は体調を崩して病院のベッドの上でした。

出産という大仕事に、彼女の体が耐えきれるようには見えませんでした。



それでも、医師や両親が説得をしても、彼女は頑なに首を縦に振ることはありませんでした。


そして、月日は過ぎていき、お腹の赤ちゃんの経過は順調でした。

しかし、彼女は日に日に弱っていくのが分かりました。


ついに、その日がやってきました。

今までの衰弱が嘘のような万全な体調で、彼女は出産に挑みます。


長い長い時間を経て、彼女は一人の赤ちゃんを出産します。

産まれたのは男の子でした。


周りの人たちは複雑な心境で祝います。

しかし、当の彼女は嬉しそうに、優しく産まれたばかりの子供に微笑みかけます。

その姿はまるで、ろうそくが燃え尽きる前に勢いを増した灯火のようで、儚く美しい光景でした。


その数週間後。


彼女――冬川 陽奈乃の命の灯火は燃え尽きました。


自分の子供の名前を遺して……。




その子の名は、『優希』。



「……そんな………!」


鹿島さんの話に僕は愕然とした。

その話が本当なら、僕の産みの親は、僕を産んだことによってその命を削った事になる。

僕は、僕のせいで……親は死んでしまった。

僕なんかのせいで……!


「冬川……泣いて――」

「――ません!」


くそ、どうして勝手に目から涙なんか出てくるんだ。


「……その後、陽奈乃の両親……優希くんにとって祖父母が孤児院に優希くんを預けました。これは一時的なもので自分たちの心の整理がついたら引き取るつもりだったそうです。しかし、自分たちが引き取ろうとしたら……」

「既によそに引き取られていた……ってことですか」


つまり、僕は捨てられた訳ではない。

確かに、自分の子が亡くなり、しかもその子供が発端のどことも知らぬ男との子供で、その子供を産んだが為に命を縮めたとなると、心の整理がいるだろう。

そのためには、全ての象徴である子供から一度離れるのも仕方がない。


「幸せに生活するなら、それならいい。そう思って祖父母は諦めたそうですが、昨日養子縁組みが解消されたことが分かり、調査を兼ねて私が来たわけです」


ここで一旦話に区切りをつけ、鹿島さんは既に置かれていたコーヒーを一口飲んだ。


「実は、私は陽奈乃とは友達同士だったんです。あの時、遊ぶ約束をしていたのも私です」

「……………」

「私のせいだと悔やみ、そして罪に問われなかった男が憎くて、もうこんな人は生み出さないと思って、私は弁護士になったんです」


鹿島さんは、ビジネスバックの中から、クリップで留められた資料を幾つか出した。


「優希くんの養子先の家庭を調べてみたんです。そしたら、とんでもないことが分かったんですよ」


そう言って、鹿島さんは一つの資料を手渡してきた。

長谷部と一緒に覗き込む。

そこには、男の顔写真が印刷されていた。

残っている面影から、若き日の長澤の父親様だと分かった。


「これって……」

「長澤 俊雄。会社員。当時、妻子持ちにも関わらず、冬川 陽奈乃を犯して孕ました張本人」


あまりのショックから、頭がくらっとして、思わず倒れそうになった。

咄嗟に、長谷部が支えてくれなければ、本当に倒れていたかもしれない。

それ程、僕に与えた衝撃は凄まじいものだった。

つまり僕は、自分の母親を犯した男にこき使われていたということなのか。


「はははっ……」

「冬川?」


何たる道化。

愚かすぎて笑える。

しかもだ。実際にあの糞兄貴とは腹違いの兄弟だということになる。


「偶然が生んだ皮肉か、それとも知った上で引き取ったのかは知りません。ですが、長澤 俊雄は自分が犯した時に出来た子供と知っていたようです。優希くんと話す前に、長澤家を訪れて聞きました。」

「…………」

「その奥さんも知ってましたよ。酷く優希くんを嫌ってましたが……」

「……そうでしょうね」


でなきゃ、あんな生活を送ることはなかった。


「新婚まもない時に、夫が強姦して作った子供ですから……憎かったんでしょうね……」


誰もが黙りこみ、しんみりとした空気が店内を支配した。

長谷部もこの重い空気に、パフェを食べることができずにいる。


「冬川に戻ってきませんか?」

「えっ」

「私はそうすべきだと思いますし、優希くんの祖父母はそう望んでいます」


祖父母……。

まだ見たことのない人たち。


「ですが、それは優希くん自身が決めることです。今すぐとは言いません。ゆっくりお決めください」


僕は……どうすればいいのだろう。

いつまでも佐山家に居るわけにもいかない。迷惑になる。

そうなると、僕は冬川家に行った方がいいのかもしれない。


「部外者が少し聞くけど、冬川家はどこにあるのかな?」


今まで蚊帳の外だった長谷部が口を開く。


「城崎です」

「城崎……!全くの逆方向じゃないか」


長谷部が驚くのも無理はない。長谷部が住む姫井市は太平洋側の市街地。そして、城崎は日本海沿岸の街だ。

位置が全く違う。

もし、冬川家に行くことになったら転校することは避けられない。

そうなると、長谷部や佐山とも会うことはなくなるかもしれない。


「……優希さん。一度、陽奈乃のお墓参りをしませんか」

「お墓参り……」

「これは私の我が儘なお願いでもあります。どうか、お願いします」


そう言って、鹿島さんは僕に頭を下げた。


「あの……頭をあげてください。お墓参りは、ぜひ僕も行きたいですから」

「……ありがとう」


鹿島さんは目に少し涙を浮かべていた。

生前、余程仲が良かったことが分かった。


「ついでに冬川の祖父母に会ってくれませんか」

「……いいですよ」


鹿島さんはメモ帳に何か書き込んでいく。


「では、私の電話番号を渡しておきます。都合のいい日が決まりましたら、ご連絡ください」


鹿島さんにメモを渡される。

産みの母親……。

僕は、産みの母親のお墓に行って何を感じるのだろう。

次話が一区切りがつくので最後の予定です。

その後は番外編を二話程度予定しています。


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