表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/13

十話

長くなりました。

捨てる神あれば拾う神あり。

昔の人はよく言ったものだと思う。

なにせ、僕の状況を言い表すのに、まさに的を射た言葉だからだ。

結局のところだ。

佐山の母さんと父さんを前に事情を話せば、なんと快く了承してくれたのだ。

流れはこうだ。


「ゆー君、家追い出されちゃったんだって。家に住まわしてあげて」

「おーいいぞ」

「あら、いいに決まってるじゃない」


終わり。

嘘かと思うけど本当だ。

僕自身、自分の目と耳を疑った。

重大案件をこうも簡単に決めてしまった佐山家が末恐ろしい。

佐山の父さんに限っては、ビール片手にほろ酔い状態での快諾だ。

大丈夫だろうか。この一家。

きっと、こんな流れで佐山の芸能界入りとかも決めたんだろう。

一抹の不安を抱きつつ、軽い流れで僕の佐山家居候が決定した。


「さあ、これでも食べて」

「あ、どうもありがとうございます」

「ゆー君、これあげる」

「え、あっ……」

「コラ、夏帆!自分の嫌いなものを優希くんに渡すんじゃありません」

「好き嫌いはよくないぞ」

「えぇ〜……」

「……………」


僕は非常に戸惑っていた。

朝。起きてみればすでに朝食が出来ていて、かつ、僕の分まで用意されていて、しかも、それがパンの耳とじゃないちゃんとした朝食だった。

さらに、同じ食卓で食べることが出来て、満足の量を食べられる。今までにはなかった事だ。

それ故に、戸惑っていた。どうすればいいのか分からない。

長澤の家では、ずっと一人で食べていたし、学校でもはぶられているから一人。いや、まあ、最近長谷部がたまにやってきて食べたりするけど……二人以上食卓を囲むと言うのは初めてだ。

とても新鮮だった。


「そうだった!」


佐山がトーストをかじった時だった。突然何かを思い出す。


「ゆー君!」

「……なんですか、佐山さん」


顔が近い。近い近い。


「それ!」

「……は?」


それ!と言って僕の顔を指指されても困る。

もしかして、トーストのパンクズが頬にでも付いているのか?


「呼び方!私の!」

「佐山さん……ですか?」


それがどうしたと言うのだ。間違ってはなかろう。


「他人行儀すぎるよ、その呼び方。昔みたいに呼んでよ!」


……まぁ、他人っちゃ他人だし。幼なじみだけど。

第一、最近まで長らく会ってもなかったし、今になって昔みたいに呼べっていったって、ちょっと無理があると思う。

……いや、待て。僕は昔佐山のことをなんて呼んでいた?


「……えっと、僕は昔、佐山をなんて呼んでいたっけ?」

「え〜っ、忘れたの?!」

「……すみません」


謝るけど反省はしていない。

あぁ、久し振りに口にしたスクランブルエッグが美味。


「……なっちゃんだよ。そうゆー君は私を呼んでいた」


あぁ、思い出した。

夏帆の夏の字をとって、なっちゃん。

確かにそう呼んでいた。

でも、今になってそう呼ぶのは勘弁してほしい。


「さっ、昔みたいに呼んでみて」

「…………」


勘弁してください。


「…………」

「さあ」

「……な…」

「…………」

「…………」

「…………」

「……………夏帆さん」

「はあ……」


佐山がため息をついたけど、ため息をつきたいのは僕の方だ。

名前で呼んだだけマシだと思ってほしい。


「せめて……さんを抜こうよ」

「……夏帆…………さん」

「残念!」


そんな時だった。


――ぴんぽ〜ん


和気あいあいとする朝の食卓の最中に、来客を知らせる呼び鈴がなった。

「あら、誰かしら?」

「マネージャー……にしては早すぎるし……」

「夏帆、出てきて。母さん手が放せない」

「はあ〜い……」


パタパタとスリッパを鳴らしながら、佐山……いや、夏帆は玄関に向かって行った。


「……にぃ……!」

「……た……いっ……こう」

「でも……に……うから」


会話が聞こえる。

その声は聴いたことがある。

自然と心拍数が上がり、背中に嫌な汗をかく。

間違いない。奴だ。


「……ね……だよ」

「べつ……か……こ……ぜ」


何やら揉めている。

パタパタとスリッパを鳴らし、夏帆が戻ってきた。


「……カズ兄がきた」

「……やっぱりそうでしたか」


ついに、糞兄貴が動いたようだ。

邪魔者な僕が消えたからなんだろう。


「私と学校一緒に行こうって……私、マネージャーに送ってもらってるのだけど……」

「だったら断ればいいじゃないですか」

「断ったんだけどね……」


ははは、と夏帆は苦笑した。

やはりあの糞兄貴、迷惑をかけているようだ。

かといって、僕にはなにもできない。

もし、僕の存在にあの糞兄貴が気付いたら、一体何をするか……考えたら手が震えてくる。


「諦めないんですか?」

「うん。マネージャーの車に同行したいって」


それはまたなんと厚かましい。

しかし、このままではあの糞兄貴は佐山家に上がり込んでくるだろう。


「今、カズ兄には外で待ってもらっているんだけど……」

「分かりました。僕は今すぐ裏口から学校に行きます」


早々に食事を切り上げ、僕は食卓の場から立つ。


「裏口は台所の横よ」

「分かりました。ありがとうございます」


ふと、気付く。

靴どうしよう。玄関にあるけど取りにいけない。

学校の鞄は事前に準備して持ってきているけど、どうしよう。


「ほら、優希くん。靴だ」

「あっ」


佐山の父さんが、空気を呼んだように靴を持って来てくれた。


「ありがとうございます」


僕は頭を下げる。


「いいんだよ。気をつけてな」

「いってらっしゃい」

「……はい!」


僕は裏口からこっそり出て行った。



誰もいない教室。

聞こえるのは朝練をしている運動部員達の声。

静かだ。

こんな落ち着いた日は久し振りだ。

学校側には、僕の苗字が変わった事を伝えた。

今日にでもその事がクラスに伝えられるだろう。

しばらくは奇異の目で見られるかもしれないけど我慢だ。

僕は、持ってきている小説を読み始めた。

パラパラと紙を捲る音が教室を支配する。

しばらく時間経つと、誰かが教室に入ってきた。


「……げっ」


その入ってきた女子生徒は、僕の姿を確認すると露骨に顔を歪めた。

全く、嫌われたものだ。

その女子生徒は、つかつかと歩いてくると、僕の前の席に座った。

特に興味がないので、僕は小説を読み進める。

この学校では僕は嫌われ者だし、今更僕が他人にどうこう思われていようが別に構わない。

必然的に、会話なんてあるわけなかった。


「…………」

「…………」

「……あ〜、そのさぁ」「…………」

「……お〜い…」

「…………」

「………聞けよ!」


バンと、僕の机が叩かれた。

驚いて顔を上げると、前の席の女子生徒がこちらを睨んでいた。


「……なんですか?」

「なんですかじゃねぇよ。声掛けたんだから反応しろよ!」

「はあ、すみません」


はて、全く気付かなかった。


「それで、何か」

「あ、いや……特には無いんだけどな……」


なるほど、呼んでみただけとか言う嫌がらせか。


「……そう」


僕は再び小説に目を戻そうとした。


「いやいや、ちょっと待て。あるぞ、聞きたいことが」


女子生徒は僕の机をドンドンと叩く。

なんて乱暴な人なんだ。机が壊れる。


「お前、深春のことどう思ってる」

「深春?」


はてさて、一体誰のことだったかな。

少し頭をひねって思い出す。


「ああ、長谷部の事ですか。いい人だと思ってますよ」

「いや、そういうじゃない」


彼女が言いたいことが分からない。

がしがしと頭を掻く彼女は、まさにガサツっぽかった。髪型が乱れている。黙っていれば、多分美人なのに。


「深春の事、好きなのかってことだ」


長谷部の事が好きか。

どうだろう。

人としては嫌いじゃない。でも、恋愛感情となると別だ。

第一、恋愛感情と言うものが分からないからどうとも言えない。

それにだ。


「……そんな事、君に言う必要あるとは思えないけど」


これに尽きる。

誰と知らぬ人にそんな事を言わねばならない。


「深春とは昔馴染みだからな。アイツが夢中になるお前がどういう奴か知る必要があるだろ。まあ、大体はクラスの奴らから話は聞いているし……同クラスだけどな」


ああ、コイツもやっぱり同じだ。

何の確証もないのに、ただクラスの一部が吐く妄言を信じる。

どうせ、ろくでもないことを耳にしているのだろう。


「単刀直入に言う。深春を弄ぶのはやめろ」

「……は?」


弄ぶ?

僕が?

長谷部を?


「何の冗談ですか」

「ふざけんなっ!」


大きな音をたてて机を叩き、睨みつけて威嚇してくる。


「お前が深春を無理やり部員にしたり、こき使ったり、セクハラしたりしてるんだろ!」

「……そんな話になってたんだ」


全くのデタラメ。

寧ろ真逆。

長谷部が勝手に部員になり、僕を振り回し、セクハラをやってくる。

でも、その事を僕が言っても目の前の彼女は信じないだろう。

だったら、何を言っても無駄だ。


「……僕は何もしてません」

「嘘をつくな!中学から深春は陸上部に入るって言っていたんだ。それが急に文芸部なんかに入る訳ないだろ!」


それは……僕の知らないところで事が進んでいるので分からない。

でも、やっぱり長谷部は陸上部に入りたかったんだ……。

だったら、何故文芸部なんかに……。


「てめぇ、何か深春の弱点を握ってそれで脅しているんだろ。汚い奴だな」


……なんだ。この展開は。

僕が本当の事を言っても、何で悪役になるんだ?

やっぱり、思い込みがある人とは話が通じない。

僕はもう諦めて彼女を無視する事にした。


「おい、何とか言えよ」

「……………」

「……無視か」


それがどうした。

いつも君たちが僕にしていることじゃないか。


「てめぇ、無視してんじゃねぇよ!」


胸ぐらを掴まれる。

ぐっと顔を近付けられ、至近距離から睨み付けられている。

読んでいた小説が手から零れて床に落ちた。

迫力ある彼女の眼力。でも僕は目を逸らさずに、真っ直ぐ見据える。


「……だからなんですか。あなた達が僕にやっていることじゃないですか」

「――っ!てめぇ!」

「殴るんですか。その握り拳は」


胸ぐらを掴む右手の逆。左手が握り拳を作り、プルプルと震えている。

怒りで殴ろうとした衝動を抑えているようだ。

何故、事実を指摘しただけでどうして怒るのか。


「――くっ、殴らねーよ」

「そうですか」

「……くそ!」


彼女は言葉を吐き捨てて、僕の胸ぐらを離した。


「一体お前は……何なんだよ」

「……何なんだって言われても、困りますよ」


僕は落ちている本を拾うと、これ以上関わりたくないので静かに教室を出て行った。



朝っぱらから長谷部の幼なじみというクラスメイトに絡まれた今日。

僕は休み時間の殆どを文芸部の部室で過ごすことになった。

今日の教室は、いつも以上に居づらい。

僕の前の席から、尋常じゃないプレッシャーを感じるのだ。

正直、放課後になってこうやって解放されてホッとしている。


「……ふぅ」

「どうしたんだい?なんだかため息が多いけど」

「いえ、何でもありません」


どうも落ち着かない。

何だかモヤモヤした気持ちが心を支配していた。

頬杖をついて、だらしない表情で舐めるように僕を眺めている長谷部の視線のせいだろうか。

駄目だ。集中できない。

僕は静かに本を閉じた。


「……今日はもうおしまいにしましょう」

「えっ、早いな」

「なんだか集中できないんです」


僕は読んでいた本を部室の本棚にしまう。


「長谷部は本を読まないんですか。文芸部ですけど」

「ん〜、読書は苦手」


鞄を持って、僕と長谷部は部室を出る。

二人並んで廊下を歩く。


「だったらどうして文芸部なんかに……」

「それなら前にも言ったけど――」

「覚えてます。ですけど、本当は入りたい部活があったんでしょう」

「……別になかったよ」


……嘘だ。きっと嘘だ。

あの長谷部の幼なじみだという女子生徒が言っていた。長谷部は陸上部に入るつもりだったと……。

多分、その通りなんだろう。

でも、長谷部は文芸部に入った。

僕の為に。

そして、僕のせいで本当は入りたかった部活に入れなかった。

ということは、僕という存在が、長谷部を間接的に縛っているということになるんじゃないだろうか。

だから、長谷部はその事を僕に気付かれないように、嘘を吐いたんじゃないだろうか。

そう僕は思うのだ。


「僕、言われたんですよ。長谷部は本当は陸上部に入りたがっていたって」

「なっ!その事を一体誰から!」

「長谷部の幼なじみという女子生徒からです」

「あ、ああ。アイツか。そういえば長澤と同クラスだったな。迂闊だった」


やっぱりそうだった。


「でも、私は長谷部の為に文芸部に入ったんだ。後悔はしてないよ」


そう言われても、何にもならない。

僕が、長谷部を文芸部に縛り付けていると実感してしまう。


「……今からでも遅くはありません。陸上部に入ればどうですか」

「長澤?」

「僕という存在は、長谷部を知らない内に文芸部に縛り付けていたようです。だから、僕の為なんかじゃなくて、自分の為に部活を選んでください」


僕は立ち止まって小さく頭を下げた。

その様子を長谷部は驚いて見ていた。しかし、直ぐに柔らかく微笑むと、僕の頭をくしゃっと撫でた。


「だったら、私はもう一度文芸部に入部届けを出す。今は、自分の為に文芸部にいるようなものだから」

「長谷部……」


だったらなんで本を読まないんですか……!


「だから、長澤は気にすることはない」

「……そうですか」


なんだか釈然としないけど、僕は納得することにした。

長谷部が、頭を撫でるついでにお尻を撫でてくる件については殴っていいだろうか。

下駄箱まで行っても撫でていたら殴ってやろうと思っていた時、ある事にフッと気付いた。


「そういえば、僕。養子縁組みを解消されて、家を追い出されたんです」

「……えっ」


僕のお尻を撫で回していた手が止まった。


「苗字が長澤から冬川に戻りましたので、よろしくお願いします」


僕は、長谷部が驚いている隙に、お尻を撫で回していた手を引き剥がす。


「いや、うん。それはわかったけど追い出されたって……じゃあ今はどこに?」

「あまり大きな声では言えませんが、佐山の家に下宿させていただいております」

「佐山って、長澤……じゃない、冬川の幼なじみとか言う?」

「はい」


正直に答えると、長谷部は頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「なんてこった!私はチャンスをみすみす逃した挙げ句、敵にいいところを持っていかれるなんて!」

「……チャンス?敵?」


悔しがって廊下をだんだんと叩く長谷部が分からない。

何をそんなに悔しがっているんだか。


「今からでも私の家に住まないか!」

「……えっと、いきなり言われても困ります」


僕は苦笑しながら下駄箱の靴を取る。

二人並んで学校を出る。


「週三くらいでいいからさ」

「意味分かりませんよ」

「私も冬川と一緒に住みたいだけだ」

「……なんかやらしいことでもしようと考えてません?」

「そんなことない!」

「……鼻の下伸びています」

「馬鹿な!」


長谷部はペタペタと自分の顔を探る。


「嘘です」

「…………」

「……何やましいこと考えているんですか」

「そんなことない」


白々しく目を逸らされた。

一体何を考えていたんだか。

そんな感じに、僕と長谷部がおしゃべりをしながら歩いて、校門を出たときだった。


「少しいいですか」

「はい?」


見知らぬ女性に声をかけられた。

キャリアウーマン風。出来る女性といった典型的風貌。メガネがキラリと光る。


「長澤……優希さんでしたね」

「はい、そうですが……」

「現在は冬川 優希さん」

「……なに者だ」


長谷部が僕を守るようにして前を立つ。

ちょっと邪魔だ。


「……本当に陽奈乃にそっくり…」

「えっ」

「いえ、申し遅れました。私、こういう者です」


そういって渡されたのは一枚のカード。

名刺。


「鹿島法律事務所、弁護士、鹿島 楓……弁護士の方ですか」


でも、なんで弁護士なんかが僕を……?


「あの……弁護士方がどうして僕に……」

「その事をお話するのはここではあれなんで、場所を移しましょう」


鹿島さんは、少しきつそうな印象とは正反対の、優しそうな笑顔を浮かべた。


感想を下さった方々。ありがとうございます。


そろそろ終盤です。

佐山さんは結局、いいとこなしで終わりそうです。

ちゃんと佐山さんのいいとこの予定はあったんですが、流れが変わりました。

書いてるとプロットが変わるなんてあることです。


後少しですが、駄文にお付き合いくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ