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繋がれる願い

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クレアに手を引かれながら森の中を走る。

成斗は足に自信があったわけではないが、それでも少し悲しくなるぐらいクレアの移動速度は速い。手を握られているため距離が開くことは無いが、成斗の全速力でやっと付いて行けるほどの速さだった。


「くっクレアさん、どこまっ、でいくん、ですか?」


すでに息の上がっている成斗は途切れ途切れで話す。

それほど疲弊した成斗に対し、クレアは涼しい顔で返答する。


「そうですね、この辺りで迎撃します。ここならば狙撃される事もないでしょう」


ようやく、クレア達の足が止まる。酸素を求め絶叫する肺のために貪るように息をする成斗だが、他の人達は息一つ乱していなかった。

もといた世界ならば一流アスリートだと言われても何の違和感もない屈強な騎士達ならば当然だと思えるが、同い年くらいのクレアも平然としている様子を見ると、やはり少しだけ苦い気持ちになる。


「それで、なんで俺達は狙われてるんだ?」


ようやく息が整ってきたところで、成斗が口を開く。


「いえ、私たちではなく、貴方様が狙われているのでしょう」


周囲への警戒を行いながら、クレアは成斗の問いに答える。

言われてみれば、クレア達は成斗を取り囲むように待機している。だが、当然ながら成斗には疑問が生じる。


「なんで俺が狙われるんです? 俺は、その、一応王様なんじゃ…?」


数分前に聞かされた衝撃の発言。その時確かにクレアは成斗が王だと言っていた。だからこそ、成斗には今襲われている状況が理解できない。王になってから暗殺されるというのは一応歴史の話では多い。

しかし、わざわざ王するために異世界から呼び出されてすぐに殺されそうにさるいわれなど無かった。


「まさか、他の国からの刺客とか?」

「いいえ、今回の襲撃は間違いなくエストニア王国からのものでしょう」


クレアの発言にますます成斗は困惑する。

他国からでもなく、自分の国から。さらにクレアh『間違いなく』と言った。なぜそれほどまでに確信できるのだろうか?


疑問が疑問を呼び寄せる連鎖の中、成斗の思考は突如中断させられる。

吹き飛ぶ紫の髪だけが見えた。


「えっ……」


あまりの事に情けない声が成斗の口から洩れた。生温かい液体が自分の手にベットリと付着している事に気づく。

それは自分を庇うように倒れたクレアの血だった。


「ブラムス。敵が、来る、ぞ」


右肩を抑えながら、クレアは熊のように大きな騎士に指示を送る。

振り返らず、ブラムスは首だけを動かし返答した。


「クレアさん! 大丈夫な――」


クレアに駆け寄った成斗だったが、そこから先の言葉が出ない。

クレアの白い甲冑は真っ赤に染まっていた。赤い液体はそれでもなお、右肩から流れ続ける。

右肩はひどい有様だった。最初に襲撃された時に成斗が見た穴よりは小さいが、それでも今にも右腕が取れそうなほどに空洞が穿たれている。

最初の襲撃時はクレアのおかげで凄惨な死体を見る事がなかったが、今回はしっかりと傷口を見てしまった。

赤い肉からとめどない血液が漏れ出てくる。ドラマなどとは違う本物の血の瀑布。一気に嘔吐感がせり上がってくる。

口を押さえ、何とか吐くのを我慢していると、

「防がれましたか。ですがまぁ、クレア殿に傷を付けた事で良しとしましょう」


場違いなくらいゆったりとした声が、木々の間を縫って成斗達に聞こえてきた。

森の中から一人の男が歩いてくる。茶色い髪に小さな眼鏡をかけた好青年といった風貌で、左手には緑色の弓を携え、クレア達と似た鎧を着ている。

いや、少しだけ違う。クレア達の鎧は白を基本とした物だったが、現れた男が着ているのは黒を基本としていた。


「貴様っ! モルネア……モルネア・ハーネヒュルト。王直属の暗殺部隊の主力である貴様が来るとは……」

クレアの指示を受けたブラムスは、驚きながらも正面でモルネアという茶髪の男を捉えた。

それだけで人を殺せるのではないかという鋭いブラムスの視線をモルネアは涼しい顔で受け止める。


「当然でしょう。貴方がたは重罪人です。私が来るのが道理というもの。ですが、少し違います、六王剣を相手に私一人では来ませんよ」


振り上げた右手を合図に、辺りからモルネアと同じ鎧を着た男達が現れる。

いつの間にか、成斗達は取り囲まれていた。


クレアが連れてきた騎士達はそれぞれ周りの敵と対峙する。数に大差はない。

まさに一触即発の状況の中でもモルネアのゆったりとした口調は変わらなかった。


「さすがは六王剣の一角、クレア・レンベルク殿に選ばれた騎士達だ。全員なかなかの力量を持ってらっしゃる。ですが、肝心のクレア殿がそれでは貴方達に勝機はあるますまい」


モルネアの視線が右肩を抑えるクレアに向けられた。右腕はおそらく使えないだろう。それでも成斗を庇うようにしながら、クレアは強い視線をモルネアに向けていた。


「まさか、貴方ほどの射手が来るとは思っていませんでした。この右手はその代償でしょう。それでも私はエストニア王国における至高の一振り。左手だけでも貴方の頭と胴体を分けることはできますよ」


痛みを堪えながら、それでもクレアは余裕の笑みを浮かべる。傷口から左手を離し、腰の剣に手を添えた。


突撃しようと身を屈めるクレアと、弓を構えたモルネアの間にブラムスが割って入る。


「ここは、私達にお任せください。貴方はセイト様と逃げるべきです」

やはり、この時もブラムスはクレアには振り向かない。瞳はモルネアに向けたままだった。


「ダメです。全員で戦えばいいではないですか!」

「それではセイト様にも危害が及びます」


感情を表にだすクレアとは対照的にブラムスは静かに語る。

ブラムスの言った事は事実だった。それが分かっていたからこそ、クレアは何も言い返せない。

彼らは普通の部下ではない。まだまだ幼いクレアに付き従い、戦陣を共に駆け抜けた大事な存在だった。


「セイト様」


クレアと話す時ですら振り向かなかったブラムスが、後ろで呆然としている成斗を呼び掛けた。

頬に走る傷、鋭い目つき、ブラムスは研ぎ澄まされた刃のような男だった。巌のような姿に、成斗は怯んでしまう。ブラムス自身、そういった反応には慣れているのだろう、少しだけ顔を緩める。


「時間があまりなく、言葉を交わすことはありませんでしたが一つだけ、いずれ王に成られる貴方様へお願いしたい事があります」


自分より遥かに生きた男から放たれる敬意の言葉に成斗は申し訳ない気がしてしまう。それに何よりブラムスは成斗が王に成る事に対して一切の疑問を持っていない。まだまだ未熟としか言えない小僧に自分の上を易々と与えると言う。


「私は祖国を愛しております。私が願うのは唯一つ、エストニアに光を齎してくださいませ」

「えっ……いや、俺はそんな」


自分の願いを成斗に託す。さらには頭すら下げていた。

成斗は答える事も出来ない。ただ、言葉に詰まるだけだった。


「俺も、お願いします! 生まれのテドラトって村を無くさないでください」

ブラムスの言葉に続くように一人の騎士から声が上がる。


「俺は弟がいるんです。できればいい仕事に……」

「それはちょっと違うだろうが。自分は母を残しています、王に会えれば喜ぶと思うので時間があれば話でもしてやってください」

「僕の村には医者が少ないので配備していただければ嬉しいのですが」

「俺の嫁に旦那は素晴らしい奴だと伝えてください」

「お前結婚してないだろうが」


武器を構えた騎士達がまるで夢を語る子供のように笑い、そして希望を話していく。周りは敵で囲まれているというのに楽しそうに語る。

そのすべてが成斗に投げかけられる。戸惑うだけで、誰の言葉にも返答できない非力な少年に皆が自分の夢を託していく。


「俺は、そんなの……」


心を締め付けられているようだった。託される願いが全て美しく、背負うには重い。さらにその願いのどれにも彼らは入っていなかった。まるで自分には出来ないから後は頼むと、そう言われてるような気さえした。


「クレア殿、王を頼みます」


ブラムスは再び険しい表情に戻る。戦いを前にした武人の顔だった。同じように周りの騎士達も顔から笑顔をはぎ取る。成斗に布に包まれた杖のような物を手渡すと再び臨戦態勢に戻っていった。

クレアは無言で成斗の手をとる。血にで汚れた手で成斗の手を掴むのは少し憚られたが、意を決したように左の腕で成斗の身を寄せると、ひっぱりながら駆けだす。


成斗はその時も、ずっとブラムス達を見ていた。言葉は返せない。自分が彼らの言葉に、何かを返せると思えなかった。強く強く自分の矮小さを呪う。自分が叶えると誓う事も出来ず、王に成れないと否定する事も出来ない。ただただ戦いに挑む男達を見る事しかできなかった。



走り出してしばらくすると、後方から男達の叫ぶ声が聞こえてくる。

気合いの掛け声に苦痛の声が入り混じる。成斗は苦痛の声が敵のものだと願うばかりだった。

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